鬼子、受難の日
私は日本鬼子。
烏の濡れ羽色と評判の母譲りの髪と少し控えめな胸、鬼の誇りの立派な二本角、頭に被ったちょっとおっかない般若面がチャームポイントの普通の女子高生、のはずだったんだけど……
「どぉしてこんなことになってるのよぉぉぉぉぉぉぉーーーー!!!」
☆☆☆
その日、私が学校に着くと新しい転校生の噂で教室内はもちきりだった。
女子高、それも私立学校の2年次。10月という中途半端な時期の転校だなんて何か特別な事情があるんだろう。
お話好きの小鳥達にはかっこうの餌といったところ。
ぴーちくぱーちく。うるさいったらありゃしない。
こっちは昨夜遅くまで糞ババの修行に付き合わされていたっていうのに。
私は今、祖母とともに住んでいる。名を小日本と言い、その名の通り見た目は子供かと見紛うほどに幼い。
10か11かと、知らぬ人が見たら思ってしまうほど、どこからどうみても幼女な老女である。
皺ひとつない肌、光沢を失わぬ黒髪。若々しいほどに若々しすぎるほどの声。
まさにザ・幼女。
しかし、それに騙されてはいけない。彼女は我が家に先祖代々伝わる日ノ本流薙刀術の当代当主である。
そんじょそこらの男共が束になってもかなわないほどのべらぼうな強さを誇る鬼ババなのだ。
子供のころから次代の跡継ぎとして日々修行を積まされている私だが、未だに敵わない。
そろそろ齢80にも届こうかという老人のくせに、なかなかどうして衰えを見せない婆だ。
昨日も、普通の女子高生に薙刀は不要という私を引きずって、一日中道場に缶詰。
おかげでせっかくの日曜日が丸つぶれ。珍しく誘われた別クラスの人とのショッピングも断ることになってしまった。
昔からこんなことをやっているせいで、私には一人も友達がいない。
……悔しくなんかない、寂しくなんかないもんっ!
いつか、いつかあの鬼をぶちのめして、修行漬けから抜け出し、友達いっぱい作るんだっ!!
と、そんなことを考えているうちにHRが始まった。
今日も誰にも話しかけられなかった……
やっぱり自分から話しかけにいかないといけないのかしら。
でも、なんて言って話に混じったらいいかわからないし……
夏休み明けに勇気を出して声をかけてはみたものの、全く続かなったのよね。
あれはもはやトラウマものだわ。
夏休みに行った刀剣博物館で観た童子切安綱の美しさ。その感動を誰かに伝えたかっただけなのに。
精一杯の笑顔で「刀っていいよね!」って。
あの危ない人を見るかのようなクラスメイトの顔が忘れられない。
家にいつの間にか住み着いている鶏が人になったかのようなヤツ、自称心に住まう鬼にその時の再現をしてみたら、「刀、いいよ……」ニヤリ、と身の毛もよだつ笑み付きで返された。
もちろん、ぶちのめしてやった。
その後、凹んだけど。
大体、あの鶏冠野郎いつまで家にいるつもりだって、あら?
「―――さん。―――本さん!―――日本さん!」
「っは、はいっ!!!」
「もう、朝から何ボウッとしているんですか。転校生の子、あなたの隣の席だから面倒見てあげてくださいね。」
「へ?あ、はい。」
ああ、やっちゃった。先生の話、一言も聞いてなかったわ。
これでまた変な子ってみんなに思われちゃう。転校生にもみっともないとこ見られちゃったな。
自己紹介が終わったのだろう。先生の隣に立っていた転校生がこちらに歩いてくる。
初めての友達になれるかもしれないってちょっと期待していたんだけど、
名前すら聞き逃していたなんて思われたら無理だよねぇ。ぐすん。
「西洋魔子。これからよろしくね。」
にっこり笑って名乗る彼女を見て、美少女ってこの世にいるんだな、そう私は思った。
「?どうしたの?」
首を傾げて問う姿すら美しい。
「え、いやっ、なんでもない。私は日本鬼子、こちらこそよろしく。」
慌てて名乗りを返す。ここでじっくりと彼女の顔を見ることになるんだけど。
窓から入る日光を受けて輝かんばかりの金髪、くりっとした透き通るような碧眼、すらりと整った鼻筋に、立派な羊角。
西洋魔子さんは10人いれば10人とも綺麗、かわいい、と言ってしまうようなそんな美少女だった。
☆☆☆
「まさに理想の女の子ってそう思っていたのにっ!」
「あら、本当?うれしいわ鬼子。」
にこり、と子供のように邪気を感じさせない笑顔。
が、その裏でがっちりと私の腕に組み付いて離さない力はまさに悪魔級。
「だから西洋さん。私には、」
「魔子。」
「いやね、西洋」
「魔、子。」
くっ。かわいらしい顔をしてなんて強引な。
「……魔子。」
「はい、鬼子。」
「いい加減、腕を離してくれない?」
「い、や。」
そう、授業が全て終わって、下校途中の今。彼女は私と腕を組んで離さない。
転校初日、何かと不便だろうと世話を焼きまくったせいかわからないが。
昼休み、この超絶美少女西洋魔子ちゃんはあろうことか、食事の時間に爆弾発言をかましやがったのだ。
「私、あなたのこと好きになっちゃったかも。」と。
頬を染めて上目使い。恋する乙女の顔だった。
認めたくはないが、クラスの中でも一際浮いている私である。
その私に向かって、こともあろうにこの悪魔っ娘は言いやがったのだ。
好き、と。
水を打ったように静まりかえる教室。
いや、そこかしこでひそひそとささやく声が聞こえる。
百合?マジで?ああ、でも日本さんだし?等々。
なぜか、私を百合っ娘にして、雛鳥たちが新たな餌に食らいつく。
そして、「お幸せにね?」「応援してるからね?」などとなぜか疑問形でみな口々に言う。
否定しようとしてもあまりの事態に頭と口が追い付かず、私が茫然としている間に、魔子がありがとーなんて暢気な声で応じていた。
「私は友達が欲しかったのに……なんで百合っ娘が……」
「あら?友達より恋人の方が素敵だと思わよ。」
「その恋人が男ならね。」
「うふふ、その認識がいつまで持つかしら。」
ひぃっ。
今の顔怖っ。獲物を見つけた猟師の、それも狩る顔だったわ。
ガチすぎる。
ああ、もうほんとに。
「どぉしてこんなことになってるのよぉぉぉぉぉぉぉーーーー!!!」
(完)