鬼子、受難の文化祭
「ん〜。」
「$%&∀∑∠★☆!!!!」
「んちゅっ、あむ、ちゅる、はむん。」
「¥&%$3#☆∑∀∠!!!!!」 ∨1
私、日本鬼子。
頭に被った般若面がちょっと自慢のただの普通の女子高生。のはずだったんだけど。
今、私は同級生の金髪碧眼、超絶美少女西洋魔子ちゃんから、だだ甘濃厚べろちゅーをされている。
正直、頭がついていけてない。フリーズしている私の口内をこれでもか、と魔子が蹂躙し尽している。
あ、私冷静だ、とか、初めてなのに、とか、気持ちいいかも?、とか色んなことがぐるぐる渦巻いて、声なき叫びを上げるのが精一杯。
でもとりあえず、これだけは言っておこうと思う。
……私はノーマルだっ!
☆☆☆
あの悪夢の日から一週間、未だに私は魔子に付きまとわれている。
昼食時に放たれた魔弾のごとき魔子の告白は、すでに学校中に知れ渡っている。
おかげで私は同級生からだけでなく、下級生、上級生からも変な意味で目立つようになってしまった。
私は女の子が好きではない。あ、いや、人間的に、とか友達的にも好きではない、というのではなく。
ただ、そう、恋愛対象とか性的欲求の対象として、私は同性を見ることができないのだ。
だというのに、件の転校生、10人いれば10人が綺麗、かわいいと言うようなそんな美少女、西洋魔子は、私を恋愛対象として見ているのだ。
父親の仕事の都合で海外からやってきた彼女。どうやら向こうでも女子高のようなところにいたらしく、幼い頃から女の子に囲まれて育ったせいか、好きになるのも常に女の子であったという。
そんなバカな、と思ったものの、本人からそうなのだ、と言われてしまえば納得せざるを得ないわけで。
とはいえ、だからといって私が彼女の気持ちに応える義務などどこにもない。
確かに、彼女はかわいい。それはもう私のような平凡な日本人なんかとは比べものにならないぐらいのかわいさだ。
緩やかにウェーブした金髪はふわふわの砂糖菓子のようで、涼やかな蒼穹を思わせる瞳は吸い込まれそうなほどに碧く、
整った高い鼻筋、桜色の綺麗な唇、彼女を構成するパーツというパーツが全て完璧なほどに美しく、
神がそうあるべくして配置したといわんばかりの黄金律で配されていた。
だが。だがしかし。だが、しかし、である。
私にその気はない。
私は百合ではない。男が大好き―というと語弊ありまくりだが―の、本当に普通の女の子なのである。
だから、私は彼女に言ったのだ。
女の子とは無理だから、と。
が、魔子はめげなかった。めげなかったというよりしつこかった。そして怖かった。
こう、口の片端を釣り上げて、笑っているのに笑っていない目で言ったのだ。
「大丈夫。私が教えてあげるから。」
鳥肌が立って、体が震えた。
いったい何を教える気だ、なんて当然の疑問が涌いたけれど、終ぞ聞くことはできなかった。
本当に、その時の魔子は怖かった。
そのときからだ。今日まで一週間の魔子の攻勢が始まったのは。
登下校はもちろんのこと、移動教室の時でさえ、彼女は私と腕を組んで歩き、食事時にはあ〜んして、なんて男が夢見る―『月刊 大和撫子』の恋愛指南コーナーに書いてあった―
シチュエーションを平然と行い、常に恋人同士であろうと私に接してきた。
魔子ほど可愛い女の子に懐かれて悪い気はしないが、それはそれ、である。
隙あらば私の唇他を狙う、割と不埒な心の持ち主だということが分かったものの、女の子に対して乱暴なこともできず、いつも押されっぱなしだった。
それでも最後の一線はなんとか突破させはしなかったのだけれど。
そうして毎日のように彼女との恋?の攻防戦を繰り返して週末を迎え、ひとまず落ち着けると思った昨日の日曜日。
なんと魔子は我家に押しかけて来るという荒業までやってのけた。
あの時の祖母―厳しい鬼ババ、見た目幼女―の顔はめったに見られない困惑顔でざまぁ、なんて思ったものの、ざまぁな目に合ってるのは自分だと気づいて一人落ち込んだものだ。
あと、日本家居候の自称心に住まう鬼という鶏冠野郎が何やら興奮して盛っていたような気もしたが、得意の薙刀で摩り下ろしてやったので、きっと気のせいだろうと思うことにした。
早く家から出て行かないかな、アレ。
そんなこんなで一週間、ひとまず魔子の攻撃を潜り抜け、今日の最終授業まで生き抜いた。
今は来月の文化祭でやるクラスの出し物を決定するLHRの時間である。
「とまぁ、こんなわけで各クラス、何かしらやらないといけないわけですが、誰か――」
「はいっ!委員長!!」
勢いよく挙手をしながら立ち上がった魔子が、声を上げて司会をしているクラス委員長の言葉を遮った。
「ま、魔子さん?」
突然のことにうろたえる委員長。そりゃそうだ。ちらりと横を見やると、何やら気合いの入った魔子の顔が見える。
「私に案があります!」
「えっと、何かな?」
何を言う気だ、このおバカ。嫌な予感がビンビンにやってきた。
と恐々としていたのだが。
「演劇がいいと思います。演目は『白雪姫』で。」
至極まともなことを言った。
おや?私の勘も当てにならない、のか?
「お姫様は鬼子!そして王子様役はもちろん、私!!」
ぶふっと、変な音が口から転び出た。 ∨2
「え、ちょっと、魔子!」
「なぁに?」
笑顔で小首を傾げる。くそっ、可愛いな。じゃなくて!
「あ、あんた何変なこと言ってるのよ!?」
そう。私が白雪姫だなんて無茶振りもいいとこだ!!
「え〜?魔子、変なことなんて言ってないよぉ〜?」
こ、この悪魔っ娘め。いつもは使わないぶりっ子口調なんぞで惚けおってからにっ。
ええい、私にヒロインなんてできるわけないでしょ!クラスのみんなだって呆れてるに決まってる!!と言おうとしたら。
「はーい。私、さんせー。」
「私もー。」
「いいじゃん、面白そー。」
「定番だけど、それだけにやりがいがあるわね。」
「いよっ、熱いね、お二人さん!」
なんて、クラスメイトに後ろから撃たれるような仕打ちを受けてしまい。
え?え?、と私が混乱している間に。
「それじゃ、賛成多数ということで、文化祭の出し物は演劇、『白雪姫』、日本さんがお姫様役、魔子さんが王子様役ってことで決定しますね。」
と委員長が〆に入り。
「は〜い!」
まるで小学生のように元気な答えが29人分返ってきて。
私が、ヒロイン役に、決まってしまったのだ。
……嘘だと言ってよ、委員長。
☆☆☆
耐えに耐えて、文化祭本番。
恥ずかしながらも一生懸命に練習し、クラスのみんなとの距離も大分近づいてきた、なんて舞い上がっていたのがいけなかったのだろうか。
ラスト、王子様の口づけで目覚めるシーンで、魔子がこんな暴挙に出るなんて。
真っ白になった頭で思う。
「ぷはぁ。」
苦しい、という私の心を呼んだかのようなタイミングで魔子が離れる。
ツゥっと。
白銀の糸が私と魔子の唇を結ぶ。
目の前で行われた過激な演技に、舞台前の観衆が静まり返った。劇の間中、たまにあったひそやかな笑い声さえ聞こえない。
なにやら、鶏冠野郎が鼻息荒くパイプイスを前後にガッチャンガッチャン揺らしているような気がするが、きっと気のせいだろうと思いたい。
後で覚えてろ。
「ほら、まだ劇は終わってないよ。」
囁く魔子の声に促され、もはや一かけらの気力も残っていない私は、言われるままに残りの演技をやり遂げた。
王子と姫が手と手を取り合ってお互いに見詰め合う。
七人の小人が二人の周りに集まって、めでたいめでたいと喜びのダンスを踊る。
姫と王子、二人が愛を囁きあって。
そして幕。
体育館を揺るがす轟雷のような拍手の中、にこにこ顔で手を振り礼をする魔子とは裏腹に、抜け殻となった私の瞳からは意思の光が消え失せ、言われるままに動くことしかできなかった。
それ以降、その日の記憶はない。
翌朝、目覚めるとそこは家の中で、縁側の雨戸を開けると庭に鶏冠野郎が首だけ出して埋まっていたのが見えた。
(完)