「日本鬼子・ひのもとおにこ」
〜第一章〜【日本鬼子(ひのもとおにこ)】 ① ∨1
誰も知らない・・求めても何も出てこない・・遠すぎる過去を知る事が出来ない遙か昔、闇夜に悪しき輩(やから、人・者の意)が産まれる。何処が主なのか、何が目的なのか彼らの始まりはいつなのか・・・。
悪しき輩は心の光を喪った者に取り付き、その骸(むくろ、体の意)を侵食していく。
侵食された者はその姿を異なる形に変え、その全てが破壊されていく。破壊された者は悪しき巣食う輩と成り果て、大地をさまよう。そして光を持つ者達を襲い、侵食し食いつぶしていく。
世は一つ・・・。大白狐(おおびゃっこ)は此の世を侵食していく悪しき輩を封じ込める為、力のある民達を集めた。そして光の大儀の為、大白狐の命により彼等はこの世を明(めい、光の世)と闇(あん、闇世やみよ)の二つに別けた。
力のない者達を光の世に集め、力のある者達は闇世に集めた。
光の世には人間の民(力のない民)が住まう。そして闇世には力のある民達が住まう。
その闇世に悪しき輩を封じ込め、殲滅する為に力のある民達が闇世を蠢く。
いつ、光の世に悪しき輩が侵食するか解らない為、光の世に神社、寺、祠などを建て、そこに力のある狐(キツネ)の民などを住まわせた。
闇世は・・・力のある民達と悪しき輩が終りのない戦いを繰り返していた。
終りのない戦い・・・そう、力のある民達が心の光を喪った時・・・
悪しき輩に侵食されるからだ。
繰り返し・・繰り返し・・・。もうどれほどの月日が費やされたのだろう・・・。
時は経ち、光の世のとある神社から闇世の大白狐の元へ使者がまいる。
力は非常に弱いが、光の世に悪しき輩と思われる生き物が降りたと。
その原因を探るべく、鬼の民にその命を託した。鬼の民の長老は、その命を今はまだ非力な日本鬼子(ひのもとおにこ)に託す。大白狐の使者が鬼子の元へ赴き力を与えた。
その力とは、光の世に出入り出来る力、神代呪文の一つ。
鬼子の命は、原因を探る事。光の世に悪しき輩が現れたら、その場で退治するか、神代呪文を使って闇世に戻し、その輩を散らす。
そして今、2010年11月1日。日本鬼子は光の世に舞い降りた。
茜さす山里に一際大きな古びた神社がたたずむ。その屋根に鬼子は舞い降りた。 ∨2
その出で立ちは、黒色の袴と鎧姿で右手に薙刀。長い黒髪。頭には般若面を付けていた。
そう、この姿は闇世での戦(いくさ)の姿。
鬼子は夕日に手をかざし、澄んだ笑顔でつぶやいた。
「わっああぁぁ〜。すっごく綺麗な夕日。これが光の世の風景なのね。」
鬼子は深く、深く身体に染み込ませるように深呼吸した。
「スー・・ハァー。」「うふっ!美味しい。」そう言って小さく笑顔を作った。
「だああぁぁ〜れじゃぃ!ワシの神社の屋根におる者は?」と、突然耳を掻き切る大きなダミ声が飛んできた。
光の世に舞い降りて初めて耳に入った音が大きなダミ声。
ビックリした鬼子は足を滑らせ、神社の屋根を・・・。
【ドスン】鬼子はお尻から地面に落ちた。
ダミ声の主が鬼子に言った。
「お前さん、鬼の民じゃろ。尻から落ちるってよっぽど・・・。」
鬼子は痛そうな、そしてビックリした表情で顔を上げるとそこには、
「きび爺(狐火きつねびの爺さん)・・・きび爺〜。」と鬼子は飛び掛かり抱きついた。鬼子はすぐさまきび爺の両肩を掴み、激しく揺らしながら言葉を捲くし立てた。
「な、なんでココにきび爺が居るの?何で何で??」
「どうしてここに居るの??あっ、そういえば私が10歳の頃から姿が見えなくなってたわ!どうして?どうして勝手に居なくなったのよ!?何でよ?教えてよ!早く教えてよ!!!」鬼子は嬉しさと驚きの為、目に涙を溜めていたが、きび爺の方は激しく揺さぶられ、脳震盪ぎみに【ホケ〜】っとした顔で言葉を発する事が出来なかった。
神社の客間。そこに鬼子は座っていた。きび爺は額に濡れたタオルを当て、布団に入り横になっていた。
鬼子の前にはきび爺の妻、きび婆がすわっていた。
鬼子が申し訳なさそうな表情で言う。
「きび婆、ごめんなさい。つい・・・。」
きび婆が微笑みながら「ワシも爺さんも、狐様からの命により、ここの見張り番をしとるんじゃ。」
「ここの先代の狐火さまが亡くなられて、直ぐに命が降りたからなぁ。突然で、寂しくなるから皆には口止めしといたんじゃ。」きび婆はお茶を入れながらそう言った。
鬼子は寂しそうな顔をしいた。
「そう。でもよかった。私ったらきび爺もきび婆も悪しき輩に襲われたんじゃないかって思ってて・・・。本当に良かった。生きててくれて。」
お茶を鬼子に差し出しながらきび婆は言った。
「優しい子じゃのう。本当に心の澄んだ子じゃ。」
「ありがと、きび婆。でもね・・・」鬼子は立ち上がりながら拳を作った。
「私、この光の世に悪しき輩を退治しに来たの。大白狐様の命だもの。これからは心を強く、本当の鬼にならなきゃ!」
「ふぉっふぉっふぉっ。鬼子がここへ来る事は狐様から聞いておったわぃ」笑い声が聞こえてきた。
ダミ声の笑い声だ。「鬼子、ワシからするともうお前さんは鬼そのものじゃ。」
右手で首を触りながらきび爺は言った。
鬼子がつぶやく。「ご・・ごめん」
きび爺が起き上がり、ちゃぶ台についた。「婆さんや、あれを」ときび爺はきび婆に言った。
きび婆が後ろから少し大きめの和紙包みを出してきた。それを鬼子にそっと渡した。
「ほれ、開けてみぃ」ときび婆が言った。
「え?何これ?」と言いながら鬼子は包みを開けた。
するとその中には、紅のとても綺麗な紅葉(もみじ)柄の着物が入っていた。
鬼子は立ち上がり、その綺麗な着物を広げて眺めた。
「うっわぁ〜とても綺麗な着物!どうしたのこれ?私に?」鬼子は目をキラキラさせながら言った。
きび婆は鬼子の姿を見ながら、
「その姿じゃ光の世では目立ちすぎる。それを着るとえぇ。まぁ着物姿でも目立つがな。その着物は狐様の抜け毛を編んで作ったものじゃ。とても軽くて強く出来とるわ。」
きび婆は指を差しながら、「その網状のものはサラシの上、腕、足に付けるとえぇ。それは鬼神様の角の繊維で編んどる。悪しき輩の爪でもそれを裂く事ができんからな。」
鬼子の目が涙で輝いてた。「うぅ・・ありがと。きび婆」
鬼子はその着物に着替えて、きび爺・きび婆にこれからの姿を披露していた。
光の世の夕日が、静かに大地に沈んでいく。その光が鬼子達を包んでいた。
〜第二章〜【奇妙な仲間?】近日投下。いつになることやら。
「日本鬼子・ひのもとおにこ」〜第二章〜【奇妙な仲間?】
初霜降りる肌寒い秋の朝。色鮮やかに染まった紅葉(もみじ)が風にゆれチラチラと風の中を泳いでいる。
鬼子は初めて光の世で目を覚ました。白絹仕立ての寝間着(ねまき、寝室で着る着物)姿の出で立ち。
遠い所で神社の鐘が鳴り、鬼子の耳に心地よく聞こえてきた。
上半身を起こし、「ふっわあぁぁ〜」と手を伸ばしながら大きなあくび。
誰も見ていない、静まり返った部屋。闇世ではあまり無い静けさだ。
もう一度身体を精一杯伸ばし大きなあくびをした。
「おまえ、乳無いな」
突然、そんな言葉が何処からか飛んで来た。
「え?」鬼子は、もちろん言葉は理解出来るが、その内容が理解出来ない。いや、内容は解るんだが言葉が理解出来ない・・・。頭の中でそれがさまよっていた。
「え?」また鬼子が無意識に言葉を漏らす。鬼子の右側、ふすまの手前に何か居る。
「おまえ、乳無い」
鬼子は声のする方に恐る恐る目線をやると、鶏のような鳥が鬼子の方を見て、羽で鬼子の小さな胸を指差しながら喋っていた。
・・・じっとお互い見つめあう・・・。この空間だけ、とても静かに空気が張り詰めていた。
「キャアアアアァァァァァァァ〜」鬼子の大きな叫びが部屋を揺るがす。
【バッ】っと足元のふすまが開いた。きび婆が血相を変えて鬼子の部屋に駆け込んできた。
「なんじゃ?何事じゃぁ?」きび婆はそばまで飛んで行こうと鬼子の方に目をやった時、飛び込んできた光景は、鬼子が薙刀で何かを突き刺していた。
「きび婆ああぁぁ・・こいつが、こいつが・・・。」
鬼子は薙刀の先に突き刺さった鶏のような鳥をそのままきび婆の前に見せた。
きび婆の顔色が徐々に元に戻っていく。そして、おもむろに突き刺さった物の足を鷲掴みにし、薙刀から引き離し、自分の目の前に持ってきた。
「ヒワイドリ・・・お前さん、鬼子が部屋から出てきたら、色々案内する様に命じたろうが。」
鬼子の頭の中は初霜が降りたかのような状態。半分固まり、半分溶けて・・・。
言葉が何も出てこないみたいだ。
きび婆はそのヒワイドリの足を持ったまま鬼子に向かって突き出した。
「こやつの名はヒワイドリ。鳥の民の中ではとても弱い存在の鶏の民。今日一日鬼子の世話役をさせようと思ったんじゃがのう・・・。最初からこれでは。」
きび婆はヒワイドリを揺らしながらそう言った。雑な扱いである。
ヒワイドリの日頃の行いがきび婆をそうさせているのだが。
鬼子の頭の中の霜が晴れる。やっと現状を理解したようで、「あ・・そうだったの。ヒワイドリさんごめんなさいね。」
と膝上に手を載せ小さく頭を下げながら言った。
「おめぇさん。暴力的だな」ヒワイドリは自分の非を全く考えずそう口走った。
きび婆が突然狐火に姿を変えて、大声で怒鳴り散らした。ヒワイドリの言葉がきび婆の怒りを買ったのだ。
「こら〜!そんな事を言うから、おまえさんはいつまで経っても世話役になれんのじゃ。仲間の鶏の民の皆は、各地で一生懸命守り役(神社、寺、祠を任されてる民)に仕えとるっちゅうのにほんっっっとにおまえさんは・・・・・食ってやろうか!」
ヒワイドリは狐火と化したきび婆の手に揺さぶられながら、そして泣きながら
「ご・・ごめんなさ〜〜〜いぃ」と言った。
鬼子は昨日貰った紅色の着物を着て、廊下を歩いている。その前にはヒワイドリがお尻に大きなバンソウコウを貼り、トボトボと歩いていた。
「ここ」とヒワイドリは無愛想な口調で洗面台の方を指差した。
鬼子はヒワイドリを刺してしまった事には申し訳ないと思っているが、心の表れなのか、自然と眉間にシワを作らせていた。それもそのはずで、ヒワイドリの態度が悪いからだ。
「ここで何するの?」と鬼子は聞いた。
「歯を磨く」とヒワイドリは一言・・・。
「えぇ?薬草と木の、歯を磨く道具は部屋に置いてきたけど・・・」
「おめぇさん何にも知らねぇんだな。ほら、これ。」と洗面台の上に飛び乗り言った。
この紅色の歯ブラシと歯磨き粉を使うんだ。この歯ブラシ、鬼子のだから覚えとけよ。」とヒワイドリは偉そうに言う。
「えぇ〜?なにこれ。こんな道具で歯を磨くの?」
「だから闇世育ちの民は嫌なんだよ。おめぇ・・・口くせえよ。」
【プッス】・・・。ヒワイドリは鬼子の薙刀の先にくっついていた。
鬼子は歯ブラシに歯磨き粉を付け、歯を磨き始めた。
「おぇ・・うぇ・・。」えづいている。
「何これ〜〜〜。すごく辛〜い。」鬼子は始めての歯磨き粉に悪戦苦闘している。
「早くしろよ〜。色々やる事があるんだから。」とお尻から薙刀を抜き、無愛想な口調でヒワイドリは言った。
「うるさい。今頑張って・・・うぇ・・おぇ・・。光の世の民はこんなものを口にいれるの・・おぇ・・うぇ・・。」
ヒワイドリは勝ち誇った様に腕組をしながら「朝食が終わったらもう一度歯を磨くんだぞ!」と。
目が点になっている鬼子の顔が洗面台の鏡に映っている。
鬼子の光の世での初めての戦いである・・・。相手は歯磨き粉・・・。
きび爺、きび婆との朝食も終り、今日一日はのんびりする様にとのきび爺の言葉もあり、鬼子は寝室の近くにある縁側に座って、綺麗に色づいてる木々を見ながら足をブラブラさせていた。
「鬼子」横に座っているヒワイドリがそう言った。呼び捨てである。綺麗な風景が台無しだ。
「ん゛?」鬼子は無愛想に返事をした。
「乳の話しでもしようじゃないか。」唐突なヒワイドリの言葉。
【ガツッ】鬼子の薙刀が・・・ではなく今回はほうきの枝が何処からか飛んで来てヒワイドリの額を直撃した。
「ま〜たイタズラしてるんでしょ。」と言いながら誰かがヒワイドリをほうきの枝で【ツンツン】している。
白い小袖(白衣)に赤い緋袴(ひのはかま/ひばかま)姿。ショートカットで見た目二十歳くらいの女性が立っていた。
「私はこの神社に仕える巫女(みこ)の舞子。鬼子ちゃん、宜しくね。私を含めて五人ここに住み込みで仕えてるわ。女は私一人だけど。昨晩は皆遅く帰って来たから鬼子ちゃんには会えなかったね。」
舞子は鬼子の角をジッと見ていた。「へぇ〜。鬼って本当に居たんだ。」
鬼子はたじろぎながら「わ、私の名前を知っているんですか!?」と少し驚いた様子。
しかし、角を見られてるのが解り、そっと手で隠した。
「は、初めまして舞子さん。わ、私ひのもとおにこって言います。私の事、こ、怖くないんですか?
人間の民は力を持つ民の事を知らないんじゃ・・・?」
舞子が【クスッ】と笑う。
「基本そうね。でも私達みたいに神社やお寺に仕える者は皆理解して知ってるつもりよ。この奇妙な奴も含めてね。」舞子は、ほうきでヒワイドリの頭を【ポン】と叩いた。
「狐火様の言う闇世の存在も知ってるわ。でも、怖いから行きたくないけど!」と右目でウィンク。
「そ、そうなんですかぁ。私、人間の民の皆様は知らないとばかり。」
鬼子は舞子に合わせる様に、【クスッ】と笑顔にしてみた。 ∨3
「解らない事があったら何でも聞いてね。私以外に後四人ここに仕えてる人達がいるからその人達に聞いてもいいし。」
「難しい事は、ヒワイドリに聞かない方がいいわよ。そっけない間違った答えが返ってくるから。」
舞子はたっくさん体験済みなのだろう。
「ふん。いい年して未だに乳が無い舞子に言われたくねぇ〜よっ。」とヒワイドリは早口で言う。
舞子はとっさに胸を押さえる。鬼子も何故か自分の胸を押さえていた。
「さらば!」っとヒワイドリは勢い良く飛び立って・・・だが、飛ぶスピードが非常に遅い。
それに高く飛べないのだ、ちょうど目線辺りをパタパタと・・・。
【バキッ】舞子のほうきで、力いっぱい叩き落とされた。
縁側から少し離れた所、2,3分くらい歩くだろうか。そこに神社の本堂がある。
鬼子はその本堂に向かって歩いていた。もちろんヒワイドリも一緒だ。
先ほど会った、縁側周りの落ち葉を掃除している舞子から、お寺に仕える後の四人が本堂と鐘楼(しょうろう、鐘突堂・釣鐘堂とも言う。梵鐘ぼんしょう、釣鐘を設置しておく専用の建造物)で掃除をしているから挨拶しに行ったらいいと言われたからだ。
本堂に近づくと男性が2人、本堂の中で掃除をしている姿が見えた。
「おはようございま〜す。」鬼子は元気良く本堂の手前から挨拶した。
こちらに気付き彼等は仕事中だが近くまで来てくれた。「おはようさん!」
一人は体格のいい五十歳代くらいのおじさん。もう一人はモヤシ風のひょろ長い三十歳くらいの人。
「初めまして、私、ひのもとおにこっていいます。」
すると、大柄な男が笑顔で応えてくれた。「狐火様から聞いてるよ〜君が鬼子ちゃんか。可愛いね。
鬼には見えないなぁ。あっ俺は織田ってんだ。でこいつはモヤシ・・じゃ無くて秀吉」
モヤシと言われた秀吉は少しムスッとした表情で、「鬼に見えないって、角、ありますよ。」と織田に言った。
「それくらい解っとる。舞子には会ったかい?」
織田は秀吉にヘッドロック(別名頭蓋骨固め)をしながらそう言った。
「はい。舞子さんから聞いてここへ・・・。」鬼子は苦笑いしている。
「鬼子ちゃん。ヒワイドリには気をつけな!舞子もそいつには手を焼いてるからな。」
と、言いながら織田はまだヘッドロックしている。
「はい、もう十分理解出来ましたから。」キッパリとした口調で鬼子は返答した。
ヒワイドリは腕組しながら明後日の方を向いている。
鬼子は丸太で出来た長く続く階段を登りながら辺りの景色を堪能していた。
「織田さんに秀吉さんか。面白い人達ね。」と独り言。
ヒワイドリはその言葉を聞いて、「あいつらいつも一緒にいるんだぜ。キモイよなぁ。それに、あの織田はすぐ暴力を振るうから嫌いだな。」
鬼子はヒワイドリの方を向き細目で言った。
「アンタがイタズラばかりするからじゃないの!?」とうとうアンタ呼ばわりだ。
「お前、乳無いよなぁ。乳の話しでもしようじゃないか!?」
【プッス】ヒワイドリのお尻に例の如く薙刀が刺さる。
「・・・どっから薙刀出してるんだよ・・・」ヒワイドリは薙刀の先に刺さり、ブラブラ揺れていた。
階段を登りきり、紅葉(こうよう)している木々の合間から鐘楼が見えてきた。
その手前で2人のお爺さん、70代くらいの人達が掃除をしているのが見えた。
一人は白髪で、もう一人はツルツル頭。
鬼子は元気良く声をかけた。
「おはよう御座います。私ひのもとおにこです。よろしくお願いします。」
掃除している2人から返答が無い。背を向けたままだ。もう一度大きな声で挨拶した。
「おはよう御座います。私ひのもとおにこです。」
・・・返答が無い。聞こえていないのだろうか。鬼子は近くまで駆け寄りもう一度大きな声で挨拶した。
「あのぅ、わたしひのもとおにこで・・」そっと顔を覗くと2人は立ちながら寝ていた。
【ヒュ〜〜〜】虚しい風の音が一面を包む。
ヒワイドリが2人に声をかける。「そろそろ病院行きだな、お前ら」
今まで寝ていた?白髪のお爺さんが突然振り向いた。「お前とは何じゃぃ。お前とは。寝たフリをしとったんじゃ」
俊敏な動きでヒワイドリを睨む。
「今のは全部聞こえとるわい。目上の者に対して使う言葉じゃ無いって何度も言っとろうが!!」と急に元気に。
そして、ほうきで叩かれるヒワイドリ・・・。
「ヒワ!(ヒワイドリの事)未熟者〜。ヒワ!厄介者〜。ヒワ!役立たず〜。」と言いながらその白髪のお爺さんは鬼子の方を向いて一言、
「野次ばかり言ってるワシの名は弥次じゃ。フオッフォッフォッフォ。」と何故か自慢げな爺さん。
「・・・や、弥次さん。初めまして。」鬼子は苦笑している。
そして、もう一人ツルツル頭のお爺さんが話しかけて来た。
「おぉ〜来たか来たか、ワシの名は喜多じゃ。フオッフォッフォッフォ。」・・・と自分を親指で指差しながら言った。
「・・・き、喜多さん。宜しくお願いします・・・。」鬼子は肩を落としながら挨拶した。
また、秋の冷たい風が鬼子を包む。
少し間が空く・・・。最初に口笛を切ったのはヒワイドリだった。
「掃除するにはちょうど陽は良い時だな、ひわいいとき、ヒワイドリ・・・と。」
【ブッ!】ヒワイドリは自分で笑ってる・・・。
「ちょっとお前さん強引すぎやしないか?」と弥次さんがヒワイドリに言う。
「いやいや、ワシは有じゃと思うがな。」と喜多さんは弥次さんにレスした・・・言った。
「だはははは〜〜。」野次、喜多、ヒワイ。三人は肩を並べながら笑っていた・・・。
本当はこの三人、気が合うのだろう。
鬼子はその三人をよそに、一人で階段を降りていった。
「日本鬼子ひのもとおにこ」〜第三章〜【街の目】に続く。
●「日本鬼子・ひのもとおにこ」〜第三章〜【街の目】
初雪降りる下町に、雲の合間から暖かく日の光が降り注いでいる。その光が優しく小雪に微笑みかけキラキラと輝きながら儚く消えていった。
時は昼過ぎ、鬼子の住む神社に参拝客達がお参りに来ている。その姿を薄っすらと白んだ神社の屋根が見守っていた。
神社に住み込みで働いている人達は、いそいそと境内を走り回っていた。
鬼子は・・・相変わらず縁側でお茶を飲みながら足をブラブラさせている。
この神社に来て幾日経っただろうか。
闇世の激しさと、光の世の静かな日常。あまりの違いに、鬼子は空想の世界に迷い込んでる様な気がしていた。
「なぁ、鬼子。」ヒワイドリが隣に座っている。これもいつもの日常となっていた・・・。
「・・・・・。」鬼子は返事をせず、身体をヒワイドリとは反対側に向けた。
「元気を出せよ。誰にだって間違いはあるさ。」ヒワイドリは何故か焦るように鬼子に優しく言った。
鬼子の目がキリッと赤くなる。「間違い!?間違いって何よ。あんたが割れって言ったんだよ。あんな大事な物を。」
ヒワイドリは小さく首を振り、両手を上に向た。「過去の事は水に流してさ!輩。悪しき輩でも探しに行くか!?」
【プス】薙刀がヒワイドリの右のお尻に刺さる。「痛!な、なにすんだよ〜。お、俺は割れるか?って聞いただけだろ!」
鬼子は立ち上がり、目は赤く、着物からもみじが舞い、薙刀を構えていた。戦闘時の表情だ。
「・・・お、俺が悪かった・・・。」ヒワイドリは鬼子の心の本性に圧倒され、たじろいでいた。
まだ参拝客が来ない今朝方の話し。鬼子も住み込みで働いている人達のお手伝いにと、本堂横の境内の庭を掃除していた時だ。鬼子の横にふらっとヒワイドリが現れてこんな事を言った。
「鬼子って弱そうだな。」いつも唐突に言い出す。
「ん゛ん・・?」鬼子は不機嫌だ。ヒワイドリが話しかける言葉はいつも相手をそうさせる。
「私って結構強いよ。」落ち葉を掃きアゴを少し上げながらそう答えた。
ヒワイドリは鬼子の周りをグルグル回り始める。
「だって、鬼子がここへ来てから何も退治して無いじゃん。悪しき輩を退治しに来たって言ってるけど、本当は弱いから何も出来ないんじゃないかな〜って思ったり・・。」鬼子の痛い所をズバッと突いた言葉だ。
確かに光の世に来てからは一度も悪しき輩を散らしていない。それどころか、する事が何もないのだ。
「何〜〜〜!?悪しき輩が私の前に出てこないからじゃなぃ。出て来たら一振りで散らしてやるわよ。」
鬼子は少し苛立ちながらそう言い、ほうきをブンブン回していた。
ヒワイドリの目が薄っすらと光る。
「だったら、あの岩真っ二つに出来る?」とヒワイドリが指差した先には、幅一メートルくらいで、高さは鬼子の背丈くらいある大きな岩があった。
「当然出来るわよ。闇世で沢山修行したからそんなの簡単よ!」鬼子は鼻息荒くしながらそう答えた。
「じゃぁやってみてよ。」ヒワイドリは薄気味悪く笑みを浮かべる。
鬼子はほうきを捨て、その石に歩み寄り腕まくりしながら薙刀を持ち、身構えた。「いい?見ててよ。」
鬼子の目の色が赤く変わり、もみじ柄の着物からもみじが舞う。鬼子の周りだけ空気が乱れていた。
「いくよ!」鬼子は高く飛び上がり、力一杯薙刀を振り降ろした。
【ガシーン】とても大きな硬い音が鳴り響きその岩は真っ二つに割れた。
大きな岩が二つに別れ、左右に倒れていく。【ドス〜ン】鬼子は胸を張り自慢げな顔をしている。
ヒワイドリは口に手を当て、笑いをこらえてる様だ。
「ぁぁぁぁぁああああああ〜〜〜〜〜あああぁぁぁぁ・・・」と何処からかダミ声が飛んできた。
鬼子が振り向くと、きび爺がこちらへ走ってきている。舞子も一緒だ。
「あああ・・・壊れとる・・・壊れとるぅ・・う。」きび爺は頭を抱えながら涙目になっている。
鬼子は訳が解らない状況だ。
「舞子・・この岩、壊れてるように見える・・か・・?」
きび爺は目の前の状況を受け入れがたく涙目で舞子に訴えた。
舞子はポツリと「・・・はぃ。」
「ああぁぁぁ〜ワシの力石がぁ・・。」きび爺は天を仰ぎながらそう叫んだ。
鬼子は目をキョトンとしている。「え・・何?どうしたの?」
舞子が鬼子の横に近づきそっと耳打ちした。
「鬼子ちゃん・・その石、力石(ちからいし)って言ってね、神代文字が書かれてる石なの・・。鬼子ちゃんも知ってるでしょ!?神代文字には不思議な力があって、力を持たない人間の民に色々力を与えてくれるって言われてる石なの・・・。」
「え・・えぇ!?・・・。」鬼子はもちろん神代文字の事は知っている。闇世の言い伝えでは大白狐様の祖先が創ったとも言われてるとても大事な文字だ。鬼子の表情が徐々に青く・・・。
きび爺は後ろを向き肩を落としながら言った。「力石の存在は、人間の民も知っとるから、良くお参りに来てくれるんじゃぁ・・。お賽銭をその石の横に置いてある賽銭箱に入れてくれるんじゃ・・。その石が無かったら・・・。お金が、お金が飛んでいく〜〜〜・・・。」
「え?」鬼子、舞子、ヒワイの目が点になる。狐様に仕える狐火様が神代文字の心配じゃ無くて、お金の心配とは・・・。舞子、ヒワイドリは鬼子の方に近づく。
「光の世で暮らして行こうと思ったら、お金がなきゃぁ大変なんじゃぞ・・。
そのため、ワシの神社では、厄除け、無病息災、交通安全、合格祈願、家内安全、安産祈願、縁むすび、などなど、色んな事を扱っとる。これでも巷で評判なんじゃ・・・。」
舞子とヒワイドリはきび爺の方に近づきうなずいている。鬼子側は・・・一人だ。
ヒワイドリに騙されたが、そんな大事な石を壊してしまったのは確かに自分。
鬼子は小さな声で・・・「ごめんなさい・・。きび爺ごめんなさい。」と目に涙を溜めながら言った。
「まぁ壊れた物は仕方ない。また石屋に注文しとくわぃ。」ときび爺は手を振りながら唐突にそう言った。
舞子と鬼子はまたまた目が点になっている。きび爺の言った事がすぐ理解出来ないようだ。
舞子が口早に言う。「き、狐火様。い、石屋に注文って・・。」
「あぁ舞子は知らなんだか?その石はレプリカで、本物は蔵にしまっとるから大丈夫じゃ。」
鬼子は張り詰めた空気が一気に抜け、腰砕けにその場にペタッとすわり、「よ・・・よかった・・・。」とつぶやいた。
舞子はため息をつきながら鬼子の肩に手をかけた。「よかったわね・・鬼子ちゃん。」
鬼子はふと我に返り、ヒワイドリの方を見た。
ヒワイドリは皆から離れた場所で、【ズズズ〜】っとお茶を飲みくつろいでた。
もちろん、後で鬼子に刺されたが。
そんなこんなで縁側でお茶を飲んでいる鬼子とヒワイドリ。鬼子の機嫌も悪い訳である。
そこへ、きび婆が歩み寄ってきた。「鬼子、今朝は色々大変じゃったな。」
きび婆は【スクッ】とヒワイドリの両足を掴み、ブラブラと揺らしている。
「あっ、きび婆。ごめんなさい。私とんでもない事をしてしまって・・・。」
鬼子は朝から謝ってばかりだ。
「いやいや、舞子から聞いたよ。こ奴がその原因を作った事もな。」
ヒワイドリはきび婆に揺らされながら、目を真っ白にし、死んだ振りをしている。
「街へ降りてみるかぃ?」
きび婆が鬼子に優しくそう言った。きび婆の唐突な言葉だったが、鬼子の心を見抜いていたようだ。
鬼子の暗い表情が見る見る明るくなり、目から大量のキラキラ星が流れ落ちている。
きび婆は鬼子がココへ来てから一度も神社の外には出していない。
鬼子の本来の目的である悪しき輩を散らすと言う事も解っている。
だが、光の世で悪しき輩を探そうとする場合、時には人間の民からの情報も必要になってくる事もある。
鬼子がこの世界の事を何も知らず、勉強、準備せず街中を駆け回ると、化け物、妖怪、お化け扱いされ色々厄介な事になってくる。そうなると、鬼子は闇世に戻されてしまう可能性があるからだ。
きび婆は、人間の民の前に出るにはそれ相応の覚悟がいる事を先代の狐火様から闇世で沢山聞いていた。
それを踏まえ、きび婆は鬼子に今まで、人間の民の前では人間らしく振舞う様にと教えてきた。
意図しなくても、本当の鬼の前では皆が恐怖してしまうからだ。
しかしここ数日、神社にお参りに来た人間の民が鬼子を見てもまったく怖がらない。
もちろん見た目には人間とどこも変わらない。違う所と言えば角だけだ。
その間に、きび婆は鬼子に人間の民の前に出るとき、注意する事などを色々教えていた。
まだ早い気もしたが、鬼子が街に行きたがってる事は解っていたので、気晴らしになればと思い、そう鬼子に言ったのだ。
「えぇ〜!?ほ、本当にいいの?きび婆。」鬼子はピョンピョン飛び跳ねて喜んでいる。
きび婆は【クスッ】と笑いながら「いいよ!街へ行っといで。」
「やったあぁぁぁ〜。きび婆ありがと!!」っと鬼子はきび婆に抱きつき喜んだ。
近くの下町までは30分くらい歩くだろうか。長く続く神社の階段を降りながら鬼子は浮き浮きしていた。
「いっやぁ〜やっと街を見る事が出来るわ!うれしいなぁ〜。」鬼子は上機嫌である。
「やばいぞ〜・・やばいぞ〜。鬼ってバレルぞ〜。」ヒワイドリが同行者だ・・・。
「どんな町並みなのかしら。どんな人達がいるのかな。何か美味しい食べ物あるかなぁ〜。」
鬼子はヒワイドリの事は目に入って無かった。
「乳の話しでもしようじゃないか。」ヒワイドリが唐突に言う。
「お金もきび婆から少しもらったし、何しようかなぁ〜。」やはり鬼子は浮き足立っていて、ヒワイドリの言葉が全く耳に入らないみたいだ。
「鬼がいる!」ヒワイドリが突然大きな声で叫んだ。
【ビクッ】っと鬼子が萎縮し、足が思うように動かず階段を踏み外してしまった。【ゴロゴロゴロ・・・】
鬼子は階段を10段くらい転げ落ちた。その姿を見てヒワイドリは指差しながら笑っている。
「いった〜いぃ・・。突然何言い出すのよ。」鬼子は頭と腰をさすりながら言った。
「その角、どうすんだ?」ヒワイドリは鬼子に近づきながら久しぶりに場に合った疑問を提示した。
「それにこの、俺の首近くまで来てる薙刀もどうすんだ?」
「あ!」鬼子はきび婆から言われた事を思い出した。
人間の民を怖がらせ無い様に、鬼と気付かれ無い様にする為には、まず、角と薙刀は隠せと言われていた。
神社にいる時、角はそのままだったが、神社の門の左右に鬼の木造が有る為、お参りに来る人間の民は神社の飾りか何かと思ってくれていたんだろう。しかし、お参りに来ない街の人達もいるし、何よりも頭に角があるのはおかしい。
「この角・・・どうしよう。」鬼子は手で角を今さらながら隠し、ヒワイドリに聞いた。
すると、ヒワイドリが何やらアクセサリーの様な物を取り出し、鬼子に渡した。
「それを角に掛けとけば怪しまれないから。」ヒワイドリは似付かない笑顔で鬼子にそう言った。
鬼子が手にした物は、ヒワイドリの顔をモチーフにした物でそれに長いファーが付いたアクセサリーだった。
「・・・・・」鬼子はそれをジッと見つめ言葉が出ない。
「もし、人間の民から角の事を聞かれたら、カチューシャって言っときな。」ヒワイドリは笑いながらそう言った。
鬼子は渋い顔をしている。「カチューシャって何?」
「女性の髪を綺麗に押さえて、まとめる物さ。皆してるぜ!街に出たらまずカチュウシャを買えばバッチリだ!」
ヒワイドリが流暢にそう言った。
妖しい・・・と鬼子は思ったが、今この角を隠す物は無い。しかた無いので渋々そのヒワイドリアクセサリー・・・を角に付けた。二対で一つ。計四個のヒワイドリの顔が鬼子の角に・・・。
ヒワイドリは、鬼子のその姿を見て無言で笑いこけ、お腹を押さえながら地べたを苦しそうに這いずり回っていた。
「それと、その不細工な顔の般若面も隠しとけよ。」ヒワイドリは勝ち誇ったかのように鬼子にお尻を向けそう言った。
【プスッ】とヒワイドリのお尻に小さな矢が刺さった。
「いてて!」またやったな〜と思い、ヒワイドリが鬼子の方へ振り向くと、鬼子がいつも頭に付けている般若面が・・・
「お前の方が不細工じゃ。ぼけ!」と。な、なんと、般若面が言葉を発している。
ヒワイドリは驚き、たじろぎ、また目が真っ白になっている。
「闇世の世界では般若面は人気商品。街の露店でも他のお面と並んで売ってるからな。
お前とは正反対の人気者なんじゃよ!ガハハハハ〜。」と般若面は笑いながらそう言った。
目を白くしながらヒワイドリはたじろいでいる。
「しかし喋るなんて・・そ、そうか。その般若面は、名の有る術師に祈祷してもらった物か・・。」
ヒワイドリの顔が青ざめていく。いつものヒワイドリとは違う反応だ。
鬼子は闇世の町並みを思い出しながら言った。
「そうよ。般若面は色々種類があって、只のお面、道具を出し入れ出来るお面、出し入れ出来喋るお面とあるからね。」
ヒワイドリはまだ目が真っ白だった。もしかしたら般若面との相性がわるいのか!?
ヒワイドリは小さな声でつぶやいている。
「喋る般若面だったのか・・・。あぁ・・過去を思い出す。あの忌まわしい過去を・・・。」
「ん?何か言った?」鬼子は聞いたがヒワイドリから返事は無かった。
鬼子は薙刀を般若面に吸引させ、そのお面は袂(たもと、袖フリ)にしまい込み、笑顔で階段を降りて行った。
「さぁ、準備OKよ!行くわよヒワイ。」鬼子はヒワイドリアクセサリーの事は忘れ、上機嫌で街の方へと向かっていった。
ヒワイドリは・・・トボトボと鬼子の後を付いて行く。
暖かい光が街へと吸い込まれている。街中の人達は何やら元気良く掛け声をかけながら商売しているようだ。
昔、ここは名の有る将軍様が住むお城の城下町として栄えたらしい。その風情を色濃く残した街である。
遠くにはそのお城が見えている。また、近代的な建物なども遠くに霞んで見えていた。
「ヘィ、ラッシャイラッシャイ!取れたての魚だよ〜。」頭に鉢巻を巻いたオジサンが大きな声で商売している。
「饅頭はいらんかぇ〜。」「新鮮な野菜がやっすいよ〜。」色んな声が飛び交っていた。
鬼子の目には、全てが新しく新鮮で愉快な街に映っている。そんな風景を見ながら笑顔で歩いていた。
「あれ!?お嬢ちゃんは鬼狐(おにぎつね)神社に新しく入った巫女さんじゃな!?鶏を連れてお散歩かぃ?」と声をかけて来たのは、御茶屋の人だった。見てくれは80歳くらいのお婆さんがそこに居た。
「え?あ、そ、そうです。」突然、人間の民から声をかけられたので鬼子は驚きながらそう答えた。
「鬼狐神社さんにはいつもお茶を届けててな。上得意様じゃて。」そのお婆さんは優しそうに微笑んでくれた。
そのお婆さんが鬼子の頭をジッと見ている。鬼子はそのお婆さんの目線にドキドキしていた。
「変わった飾りを付けてるねぇ。」お婆さんは鬼子の頭を指差し、そう言った。
き、来た!その言葉が鬼子に向かって来てしまった。「あ、これは神社で売っているカチュウシャです。」と、鬼子はとっさにヒワイドリが言ってた言葉を思い出す。
「へぇ〜角付きカチュウシャかぇ。そんなのあったかなぁ。」
そのお婆さんはお茶を神社に納めている為、良くしっているのだ。
鬼子は後ずさりしながら「さ、最近作ったみたいで・・・。ハハ・・ハハハ・・。」と焦りながら何とかごまかした。
鬼子は軽くお辞儀をし、そそくさとその場を早歩きで去っていってしまう。
ヒワイドリが早歩きになっている鬼子の前に出て行くと、鬼子は手で胸を押さえ、顔は丸く赤くなり息が止まっている様にみえた。
鬼子はピタッとその場に止まると【プッハァ〜・・・】と勢い良く息を噴き出した。
「あぁ〜死ぬかと思った・・・。」鬼子はそっと胸を撫で下ろしながら肩を落とした。
「突然声をかけてくるなんて想像してなかったから・・・。」鬼子はまだ胸がドキドキしている。
「おめぇ・・・やっぱり弱いだろ。」ヒワイドリはそんな鬼子を見ながら言った。
「それとこれは別よ、相手は人間の民なんだから。突然知らない人から声を掛けられると驚くわよ。」
と鬼子はゆっくりと心を落ち着かせながらまた歩き出した。
「肝の小せぇ奴。」ヒワイドリの言葉が鬼子の心に突き刺さる。
鬼子はまた立ち止まってしまった。そして、ヒワイドリの方を見ながら目が徐々に赤くなっていく。
「おぉっと、ココで薙刀でも出すか?」と笑いながらヒワイドリは余裕の顔でお尻をフリフリしている。
それもそのはず。こんな、街中で薙刀を出せる訳が無い。ヒワイドリはそれを知ってて鬼子をからかってるのだ。
鬼子は【スゥー】っと深く深呼吸し、心を落ち着かせようとしている。
「そう言えば、さっきのお婆さん。鬼狐神社って言ってたわよね!?鬼狐神社って何?」
鬼子は何とか話題を変えて自分のリズムをつかみたいみたいだ。
その言葉を聞いたヒワイドリは顔に手をやり、頭を左右に振りながら言った。「・・・おめぇさんが住んでる神社の名前だよ。」
「・・・・・・そ、そう・・・名前が有ったのね。そらそうよね・・・。ハハ・・アハハハハ・・・・・。」
鬼子は心のリズムを完全に失っていた。取り戻す所か自分が言った言葉で全てが真っ白になり、頭から湯気が出ているようだ。
その光景を見ていた周りの人間の民は「誰と話してるのか?」と言うような顔で歩き去っていく。
ヒワイドリは人間の民が見てる前では決して口を開かない。鬼子が一人で話をしている様に見えるみたいだ。
「カチュウシャ。」と着物の袂から声がした。般若面の声だ。般若面は今までもこうやって所々で助言してくれている。
「あっそうそう。早くカチュウシャって物を買わなくちゃ。」鬼子はやっと正気を取り戻し、何とか歩き出す事が出来た。
せっかく面白く鬼子をからかっていたのに丸つぶれだ。「チェッ。」とヒワイドリが嫌そうな顔をし、小さな石を蹴っていた。
「どのお店で売ってるか探して!」鬼子は口を手で軽くふさいでそう言った。一応回りの反応を勉強出来たようだ。
ヒワイドリが指差し言った。「あの角を左に曲がると頭に付ける髪飾りがあるはずだよ。」
鬼子は冷たい疑いの眼差しをヒワイドリに向けている。当然だろう。
「お、俺を信じないのか?」ヒワイドリは早口にツバを飛ばしながらそう言ったが、鬼子の目は完全に疑っている。
ヒワイドリの言う通り角を左に曲がると、本当に髪飾り屋があった。鬼子はヒワイドリの方を見て目を見開いている。
ヒワイドリはどうだ!と言わんばかりに腕組しながら流し目で鬼子を見ていた。2人は目で会話が出来るほど仲がいいのか・・・。
ヒワイドリは良く舞子と一緒にお使いに出ていた。一緒と言うか勝手に付いて来てるのだが。
だからこの街の事は結構詳しいのだ。
店の周りはキラキラと輝く綺麗な髪飾りが沢山飾っていて、鬼子もつられて目がキラキラしていた。
「うわぁ〜可愛いのがイッパイある〜。」鬼子は目をキョロキョロと左右にやり、せわしなく店の前を見回っていた。
「あっ」鬼子は我に返り、そお〜っと店の中を覗くと、奥で店番のお婆さんがレジに手をかけ寝ていた。
【ふぅ〜・・・】と鬼子はため息をもらす。「よかった。お婆さんが寝てるから心置きなく髪飾りをさがせるわ!」
鬼子は人間の民にジロジロ見られるのが怖かったからだ。
綺麗な飾り。可愛いカチュウシャ。着物用のクシや髪飾りなども売っている。鬼子は宝石箱の中にいる感覚でいた。
「これ可愛い、これ綺麗〜、これもいいなぁ。」鬼子は今までのウップンを晴らすかのように店の中をグルグル回っていた。
「あぁ〜!」鬼子の目にとまった物は紅色のもみじ柄が入った、ツヤの有るカチュウシャだった。
「これいぃ〜。これに決めた!」鬼子の表情は今までに無く満面の笑顔になっている。
さぁ、ココからが勝負だ。このカチュウシャを買う為には店番のお婆さんに声を掛けなくてはいけない。
鬼子は一呼吸し、心を落ち着かせた。「さぁ、いくぞ!」真剣な眼差しだ。手と足が同時に出ていて何ともギコチない歩き方。
「鬼子。目が赤いのは駄目なんじゃな〜い?。」とヒワイドリが痛い所を突く。鬼子はその場に【ピタッ】と止まった。
「目・・赤くなってるの?」鬼子が気合いを入れると目が赤くなってしまう。ぎこちない格好で身動き出来ない状態だ。
時間が経ち、冷たい汗が頬をつたう。胸を強く打つ音が鬼子の耳一杯に広がっていた。【ドクン、ドクン、ドクン】
鬼子は一歩前へ出た。「と、とてつもない試練だわ。」目はまだ赤くなっている。
「まずは平常心ね・・・平常心。」鬼子は自分に言い聞かせるようにそう言った。
また、一歩前へ。鬼子の足が震えている。お婆さんの所までは5歩くらいか。その距離が鬼子にとって長く果てしなく続く道に見えているに違いない。もう一歩。「目、目を何とかしなくちゃ・・・。」
ヒワイドリもその姿を見て、さすがにからかう事が出来ずにいた。そして、鬼子の後ろへ付き同じ様に一歩ずつ、目を見開きながら進んでいる。鬼子の強い気に飲み込まれてるようだ。
鬼子は赤い目を何とか黒くする為に、眉毛や鼻、口をモゴモゴと動かした。ヒワイドリもマネをしている・・・。
「ヒワ!私の目、黒くなってる?」と鬼子は振り向き聞いた。鬼子のその目は先程より赤くなっている。
それより・・・着物からもみじが少し舞い落ちる様になった。
ヒワイドリは【ゴクン】と息を呑み首を振りながら言った。「だ、駄目じゃん。ひどくなってるじゃん。」
ヒワイドリを見ながら鬼子は涙目になっている。「ど、どうしよう。どうしたら良いと思う・・・?」
鬼子はヒワイドリに聞いている。あのヒワイドリに。もう・・・全てがパニックなのだ。
「お客さん!何買ったかぇ?」
鬼子の耳にその言葉が激しく突き刺さった。お婆さんが起きたのだ。
ユックリとユックリと震えながらお婆さんの方へと振り向く鬼子。その表情は・・・目が赤く、もみじが舞い、角が鋭くなり、そして号泣していた。もう駄目だ。もう駄目だ。鬼子の頭の中をその言葉が響き渡る。
「も、、、もみじ柄の、、、カチュウシャを一つ・・・」かすれ声で精一杯その言葉を搾り出した。
「じゃぁそれ、税込み500円じゃて。わしゃ〜目が見えんで、お金を手の上に置いてくれるかぃ!」
【ドタッ】鬼子とヒワイドリはその場でひっくり返ってしまった。
鬼子とヒワイドリは顔を傾け目を白くし、口は半開き状態で店の前に立っている。
その2人を優しく包むように、天から柔らかい日の光が差している。鬼子の右手にはカチュウシャが握り締められていた。
トボトボと力無く歩き出す鬼子。「き、今日はもう神社へ帰るわ・・・。」鬼子はそうつぶやきユックリと歩いてる。
神社へ帰る時も、たまに声を掛けられる。
「こんにちは〜巫女さん。」とか「これから宜しくね〜。」とか。ここの街の人達はやはり鬼狐神社の事には詳しい。
声を掛けるなって言うほうが難しいのだ。
「変わった飾りだね。」「その角売ってた?」そんな声もちらほらかけられている。
鬼子はそんな中を頭を下げながらトボトボと歩いていた。しかし、鬼子の記憶は飛んでいる・・・。
光の世の人間の民は、力のある民たちの事を知らない。遙か昔に忘れ去られている。そして、街の人達に当然角は無い。彼女の目には、角の無い人達が普通で、角の有る自分の存在って何なんだろうと思い始めていた。鬼子は少し寂しい思いを抱えながら神社へと帰って行った。
神社へ帰ると、鬼子はさっそく織田さんに角付きヒワイドリアクセサリー付きカチュウシャを作ってもらった。
「日本鬼子・ひのもとおにこ」〜第四章〜【初めての友達】に続く。