ID:OiJ0b4ij氏の無題作品
(むかしはなし)
――先ず「一つの鬼の唄」を童が唄った。 ∨1
「鬼の居ない鬼ごっこ」の唄
それを聞いた周りの童部達は皆、その奇妙な唄に引かれ集まりだした。
「紅葉の葉に描かれたるは鬼の顔」
「鬼は紅葉となりて、名を隠す」
そんな戯事の唄は更に人を呼び集め、いつしか気づくと祭のような騒ぎと成り幾千の童部の唄は、とうとう「八つの鬼」を召び出したのだった。
鬼を鬼で無くする為に、鬼らには「一つの名」が与えられた。
「ひのもとおにこ」と。
童部達は「戯事」に「祭り」に酔いしれる中で、八つの鬼の子らから一番鬼を決めようとした。
選ばれたるは長い黒髪、紅い目と紅葉柄の赤い和服姿、片手には大きな薙刀一振りを持った鬼の子である。
その鬼の子も大いに喜び、辺りを駆け回りそして、くるくると舞い踊りだした。
童部達も皆で踊り、祭りはまだ続くかの様に思われた。
すると何処からとも無く「鬼の子ら」とは明らかに違う声が耳に入ってきた。
「帰り道には気を付けなされ……」
それを聞いた童部達はふと我に帰りお互いの顔を見合わせた後、鬼の子の方を振り返る。
辺りの葉を萌やしながら勝手気のままに舞い踊りつづける鬼の子の姿が恐ろしくなり童部達はその場から逃げ帰ってしまったのだ。
その後に「こひのもと」と名を与えられる禍(か)の子らが召び出されたのは、その話を聞いた、また別の童部達によって召び出されたそうな。
(ゆめうつつ)
「この子らに力添えしてやってほしい」
いつから其処に居たのか、いや、今自分が此処に来たのか。
暗闇……漆黒…… ∨2
とにかく「完全な黒」としか言いようの無い空間の中、突如話が始まる。
其処に「居る」のは、淡い銀色の髪を後ろで結わえ、目が青みがかった色白の「少女」である。
黒い空間の中に溶けることなく影もなく、その少女の紅白の和服姿がはっきり映しだされる。
そして一呼吸置き、涼やかな音で話は続く。
「粗方に式は完成しており、残りは我でも出来る事なのだが……其れでは効果が弱いのじゃ」
突如始まった話、そしてその「少女」が何者か解らないままで混乱しそうなものなのだが、何故か自分の心は妙に穏やかで落ち着いている。
式とは……と、問い掛けようとしたが、自分の声の「音」が出ていないことに気付く。
其処に有る「音」は「少女」の話のみである。
「そこもとに来たる邪を迎え討つよう、この式を施し、惹かれ導かれし鬼の子らを置いた」
「式」の意味は解らないが、突如頭の中に図形の様なモノと、人らしきモノが八つ浮かんだ。
この図形が「式」で、そこに置かれた人らしきモノが「鬼の子ら」なのだろう。
咄嗟にそれは予想できたが、やはり意味は解らないままだ。 ∨3
「各々の持つ力は強いが、その立ち位置に未だ慣れておらんのじゃ」
「そして少々不安ではあるが鬼の子らより後に導かれし、かの子らを鬼の子らに預けた」
続く話に合わせる様に頭に浮かんでいる図形の中の「鬼」の横に「小さな子供」が、それぞれ「八人」順に映し出される。
「祀り始めじゃが立ち位置さえ確りしてくれば、問題は無かろと思っておる」 ∨4
「立ち位置を確り指せるために、力添えしてやってほしい」 ∨5
「如何な形であっても良い、この子らを受け入れ、そして愛でてやってほしい」
「それこそが力添えとなるのじゃ」 ∨6
「もし、そちにその気があるなら、じんしゃうもんを尋ねなされ」
「少女」の話はそれから続いたのか、終わったのか。おおよそ覚えている記憶は其処までである。
(いざなひ)
眠りに入って直ぐなのか深くまで落ちてからなのか、夢の中で見知らぬ「少女」が度々現れては「妙な話」をしていった。
それはあまりにも現実味があり、目が覚めても暫くはその「少女」の顔が目に焼きついていたぐらいだ。
はじめは大好きな「伝奇モノ」や「小説」の読みすぎで夢にまで出ているのか、ぐらいにしか考えてはいなかったのだが、その夢を忘れかけた位の頻度で、また同じ夢を見たのだ。
何かと心の隅に引っかかるのでメモだけでもと書き留めてはいた。
私の名前は「衣川 暁」(きぬかわ あきら)よく名前で男と間違われる。
読書好きで目が悪く、運動は苦手で勉強のほうも中の下ぐらいの平凡な人間である。
私の通う高校は特に偏差値的にも校風も特徴は無い、これまた平凡な所謂「普通の学校」である。
特に校則で変な縛りも無く、校外活動も独自に展開出来るので「民俗学・考古学研究会」なんて言うあまり認識も無く一般的とはいえない活動をしていても、特に誰も周りも気にも止めていない。
でもそんな距離感を置いた雰囲気が私は好きだったりする。
まぁ、規定人数に足りていないので部費が出ないのが痛いと部長が言うぐらいか。
好きでやっている事だし、行動はもっぱら「一人で」だから気にはしていないと言うのが今のところ。
来年は上級生になり、3名しか居ない自分の所属する部の方も自動的に私が「部長」になる。
その前に何か一つぐらいは「箔を付ける」ような研究発表しておいた方がいいと部長にせかされて、何となしに「唄」について研究をしていた。
私と後輩一人の部に「箔」は必要なのかと疑問を抱きつつも、授業を終え研究会の部室に入り、いつものスチール机の椅子に腰掛け、古い和歌集の研究書をぱらぱらと何気なくめくっていた。
日も陰り始め、あくびの一つでも出ようかと思ったそんな矢先、ふと一つの唄が目に留まった。
あの「夢の中」で聞いた「妙な話」と似たような「唄」が出てきたのだ。
私は咄嗟にページを開きなおし、そしてその「唄」の載ったページを食い入るように眺めた。
どうやら昔の童歌で「鬼」を唄ったものらしく、「邪を払う」唄なのだそうだ。
書き留めておいたメモを思い出し、手記帳に挟んでおいたメモを取り出し見直した。
部室に入ってきた先輩が後ろで私に声をかけていたらしいのだが、まったく気づいていなかった。
背中の下の方から何か妙な「不安」に似たような感情が体を侵食していくかのような、うまく表現できないが、ソレが頭に達する頃には「周りの音」が消えていたのだ。
先輩はその時の私の様子に特段疑問も持たなかったらしく、「熱心だねぇ、感心感心」と労った上、帰りに定番の「お好み焼き」を食べに行こうと誘ってくれた。
しかし、私の中で食欲よりも知識欲を抑えることが出来ないでいた。
いや、現実味が頭の中でぽろぽろと崩れ落ちて行くのを止めたかったのか。
「すいません、今日はチョッと用事があって…」とニッコリ笑ってその場を誤魔化し、残念がる先輩を後ろ目に部室を後にした。
行動に移すのに、それほど時間はかからなかった。と言うより間を置きたくなかったのだ。
その「鬼の唄」が伝わると言う地方へ向かう切符を買ったのは、その日の下校途中であった。
(まよひが)
抜けるような青い空、少し肌寒いそよ風、大きなため息を一つ吐いた。
腰掛けていた岩から重い腰を上げ、太ももを軽く2,3度叩いて伸びをし、もう一度ため息をついた。
山へ入り上り始めでまだ10分と経ってないのに、この調子である。 ∨7
近隣の町人の話や文献から聞き読み拾った昔話を頼りに、赤や黄色の紅葉の葉が降り積もった山道を進んでいるのだが、積もった紅葉は一歩一歩踏み進む度に足首までを丸々包み込むほど深く、中々思うように足が運ばない。 ∨8
「やっぱり運動は苦手だわ…」 ∨7
時間ばかりが、だらだらと過ぎてしまっている様に感じていた。
この時期は山の日が落ちるのが早い、昼を回ったばかりだが周りの木も陰を伸ばし始め、うら寂しい色に染まってきていた。
こんな所に人なんて来るのか、いや途中で道でも間違えたか。
夢の中の話が気になって、調べていたら気になる符号点がいくつも見つかり探さずには居られなくなって動き始めた。動きつつも反面、馬鹿馬鹿しいことに囚われ続けている自分に気づき腹が立ってきて、気のせいだった、あれはただの夢だったと言い聞かせるに足りるだけの確固たる証拠が欲しかった。
そう、夢でなければ何なのだ。妙な「不安」だけが心に残り続ける。
「……あんな夢さえ見なければ」
疲れや焦りから出る自問自答を考えるのも面倒になってきた、と思い始めた丁度その時。 ∨9
目の前の視界が開けた。
周りに陰になるものが少ないせいなのか、先ほどより周りの日が淡く明るく差し込んでいる。
そして広場の少し先に目をやると、またあの時のように「周りの音」が消えて行く錯覚に陥った。
凡そ、その風景に違和感しか与えていない様なバランスで、大きく黒ずみ苔むしたゴツゴツとした一枚岩が其処に横たわっていた。
頭を軽く振り気を持ち直して、その岩に歩み寄った。
「あぁ、これがそうなんだ」
口から言葉を出したのは、これが違っていたらもう他を探す時間も無いからこれにしようと自分に言い聞かせるためだったのか、それともこの「鬼」の顔のように見える「岩」が、また自分を現実味から引き離そうとしている予感を帯びていたからであろうか。
どちらにせよ、私の中の「不安」が「恐れ」へ色変わりし始めていたのだ。
「……特に何も無いわね」
奇妙な気配と若干の異臭が気になり、夢はやはり夢だったと早々自分に言い聞かせ、
日暮れに入る前に下山しようと、きびすを返したが。 ∨10
――当てはハズレていた。いや、むしろ気のせいではなかったから正しかったのか。 ∨11
後に聞くとそれは「じんしゃうもん(人生門)」では無く、それは「きしゃうもん(鬼生門)」の方だったのだそうだ。やはり途中で道を間違えてしまっていたらしい。
その鬼生門は、「鬼」が派生する場所らしく、たびたび鬼が現れては人を襲うのだそうだ。
そして、この少女はその「鬼」を退治してまわっているのだと屈託の無い笑顔で言いながら机を挟んで座り、お茶を一杯もてなしてくれた。
そう、助けられたのだ。この笑顔でこちらをじっと見つめる可愛らしげな「角の生えた」少女に。 ∨12
その少女は長い黒髪で、紅い目と紅葉柄の赤い和服姿。どこか遠い過去からその部分だけ抜いてとったのか、自分がそこへタイムスリップでもしてきたのか。
私は今夢を見ているのか、それとも実は気づかぬ内に山道で足を滑らせて、滑落でもして死んでしまったのか。
何処からが夢で何処からが死後なのか全く判断もつかず、頭の中も全く整理できていないどころか機能していない。
只々、目の前に現れ飛び掛ってきた「魚の化け物?」の間を割って入り、
追い払ってくれたこの少女に言われるままに付いてきて、家に上がりお茶までご馳走になっているのだ。
これが夢でなければ何だというのだろうか。
夢ならばと半ば如何にでもなれと思い、今までの経緯とその足取りをこの少女に話してみた。
「たぶん、姫様のことかしら」
意外と言うのか、夢の続きなら予想通りというのか、少女からすんなりと答えが返ってきて一時、私の思考が完全に止まってしまった。
続けて少女は言う。
「力添えについては私にも解らないけれど、お友達になってくれるのなら、とっても嬉しいわ」
少し照れ頬を赤らめながらも少女はニッコリと微笑んだ。
私もその笑顔につられて「あ、あはは、是非是非」と二つ返事で答えてしまった。
もちろん、これで夢から目覚めるだろうかと安易に思ってではあるが、でも何故か今は覚めてほしくも無いような、そんなホンワカした良い雰囲気になっていたように思う。
ある程度時間は過ぎていただろうか、思考が回っておらず、取り留めの無い話ばかりではあったが一通り話をした気がしたので、そろそろ戻りますと伝えると「では外までお送りいたしますね」と少女が切り出したてくれたので、残っていたお茶を一気に飲み干し玄関口まで出た。
そろそろ夢も終わりかなと思っていたところに、今度は別の「角の生えた」少女がやってきた。
どうもこの二人は見知った仲であるようだと、やり取りで見て取れた。
こちらの少女も長い黒髪では有ったが、後ろで結わえている所謂ポニーテールである。
「じゃあ、よろしくお願いしますね、『地』の鬼子さん」
そう紅葉柄の少女が言うと、もうひとりの「角の生えた」白い和服の少女がそれに答える。
「ええ任せて、『雷』の鬼子さん。でも最近多いわねぇ外の人」
そう言って振り返り、白い和服の「鬼子」さんは私のほうを、その深く紅い色の目で興味深げに見ている。
「では、またいらしてくださいね」
そう言う紅い和服の鬼子さんへ私は「うん」と軽く相槌をうった。
「では、いきましょうか」
そう言って白い着物の鬼子さんは私の手をとった、少し冷たいが、やわい手の感触がリアルに伝わる。
その瞬間、奥の部屋の襖が勢いよく開き、ピンク色の和服を着た子供がこちらを指差した。
「ああっ、お客さんだ!ずるい!こにも……」
その子供は何か言いかけていたようだったのだが、私は先ほどまで家の玄関口に居たはずなのに目の前の風景が一瞬にして変わった。
拍子抜けした顔をしていたに違いない。口をあけて突っ立っている私に白い和服の鬼子さんは言った。
「人生門まで飛んだの」
言っている意味が解らなかったが、夢の中だし場面転換かと自分自身で自己完結するようにした。
落ち着いて見てみると、その風景には見覚えがあった。
一休みするのに腰をかけたあの「岩」の前だ。
「私、ここに腰をかけて休んでいたの、そして少し進んだ先に大きい岩があって……」
慌ててそう言いかけると、「それで迷い込んじゃったのね!」と白い着物の鬼子とは別の声が聞こえた。
よくよく見ると先ほどまでは気づかなかったが、白い着物の鬼子さんの肩辺りに「何か」が乗って居る。
それは、小さいピンク色の服を着た「小人」だった。
目を見開いたまま「小人」を黙って見ている私に白い和服の鬼子さんは声をかけた。
「この子は私が預かっている『こひのもとちゃん』って名前なの」
そう言うと、肩口に居る「こひのもとちゃん」は「宜しくねっ」と小さい手をパタパタと振って見せた。
「ここはね、人が派生する特異点『人生門』ここから外の世界に出入りしているの」
小さいけれどはっきり聞こえる通った声で「こひのもとちゃん」は説明してくれた。
なるほどこれが「人生門」だったのかと、私はマジマジとその「岩」を見直していた。
「では、帰り道には気を付けて……」
そう聞こえて振り返ると、もう其処には誰も居なかった。
(あかつき)
一時目を閉じて、私は「夢の落としどころ」を考えていた。
「……いつ覚めるんだこの夢」
そしてまだ日が落ちきっていないことに気づき、時計を見ると、山に入ってからまだ1時間と経っていない事が解った。
「あれ? もう覚めてた……のかな?」
ふと「人生門」をみると、さっきまで有ったはずの「岩」が其処には無いのである。
一瞬方向感覚がおかしくなったのかと思い、あたり一面を二度三度を見渡すが、やはり「人生門」が無い。
いよいよをもって何処からが夢だったのか、まだ夢を見ているのか解らなくなっていた。
「でも、さっき飲んだお茶の味がまだ舌に残っている……」
また先ほど行った「鬼生門」まで戻るかとも思ったが、時間も無ければ勇気も無い。
それ以前に本当に行ったのかすら怪しいと思い始めていた。
とりあえずまた出直してみよう。
そう決着付けて、伸びる木の影に少し怯えながらも足早に山を下った。
後日、部活動で私が体験した事を覚えている限り、部長と後輩に話をしてみたところ、
なんとも予想通りな反応が返ってきた。
「うーん、お酒は20歳からだぞ、暁ぁ」
「吹いたお茶返してください、センパイ!」
確かに、家について自分の部屋に戻ってもまだ夢の続きの中に居るんじゃないかと思っていたぐらいの体験だったかのだら、いきなりこんな話を持ちかけても、この反応は仕方ないと思っているが、何とも釈然としない。 ∨13
今度一緒に行きましょうよと誘ってみたが、これも文系部活の因果なのか、二人とも運動嫌いで山登りなんてもってのほかと即答で断られてしまった。
これで終わったのでは「私の作ったおとぎ話」じゃないかと言うと。
「その通り!」と二人同時に突っ込まれた。
この時私は、この一連の体験を手記にしようと本気で決意したのであった。
もちろん「箔」がどうのこうのでは無く、「鬼」の真実を見極めるために。
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