鬼はまず相談所へ!
寂れたビルの一室にその事務所はある。
「鳴木相談所」(なるきそうだんじょ)
この事務所で請け負う相談はただ一つ。
人の力では解決できぬ相談事のみ。
心霊現象、妖怪退治、そして人の世界とアチラの世界の仲介……
この事務所で働く人を紹介しておこう。
事務所のオーナーである"鳴木 陽介"(なるき ようすけ)
陽介の右腕である最も古いメンバー"日輪 氷取"(ひわ いどり)
そして新人の"夜烏賊 樫"(やいか がし)
陽介はただの人。目立つところは特に無く、唯一人と違うところは"心の鬼"を見ることができることである。
日輪と夜烏賊については事務所の三番目の仕事。
仲介により雇わられた"鬼"である。
おっと、今日もまた此処、「鳴木相談所」に相談が来たようだ。
コンコンっと二回、扉を叩く音が事務所内に鳴り響く。
「はいはい。開いてますよ」
椅子に座りながらやる気の無さそうな返事を出す俺こそが鳴木 陽介だ。
返事をするとゆっくりと扉が開き、いかにも農作業をしてそうな身なりをした男性が入ってきた。どうやら彼が今回の依頼人らしい。
「し、失礼します」
やたらとペコペコと頭を下げながら入ってくる。
何を謝る必要があるのか聞いてみたいものだ。
「あれ?お客さんですか?」
ヒョイっと給湯室から顔を覗かせる彼女は"日輪 氷取"
この仕事を始めた際に初めて依頼されたストーカー被害(人外の)の犯人だ。
訳あって今はここで暮らしてもらっている。
「あぁ、依頼人だよ。 お茶だしてくれ」
「三ヶ月ぶりですね……」
そう言ってお茶を入れに給湯室へ再び戻って行く。
嫌なことを言って行きやがって。
そりゃ給料もまともに払えてないけどさ。
「っ……ほら、そこのあんた。 ボーッと立ってないでさっさとそこのソファーに座って依頼内容を喋る。 依頼じゃないなら回れ右をして帰れ」
「い、依頼なんですが……」
「だったら早くその内容を喋る。こっちも忙しいんだ」
「え?でも三ヶ月ぶりって……」
「それは聞かなかったことにしてくれ」
「はぁ……」
依頼主の男性がソファーに座り依頼内容を話し始める。
依頼内容はこうだ。
この男性は山の地権者らしく、山でのんびりと農作業をしながら暮らしていたそうだ。
だが、ここ2ヶ月ぐらいで大量の農作物が盗られるということが起き始めた。
はじめのうちは野生動物だと思い、設置していた金網を電流が流れるタイプに変更し、様子を見ることにしたらしいのだが、設置1日目で金網が切断され農作物が盗られたそうだ。
そこで一日中隠れて畑を見張ることにしたらしいのだが……ここで俺達の依頼対象が現れる。
頭部に二本の角を持ち、着物姿で薙刀のような長物を携えた少女が現れたそうだ。
それを見た依頼主は怖くなり、警察へ相談するがマトモな対応はしてもらえず此処へ相談に来たそうだ。
「えーと、簡単にいうとその少女を畑に来ないようにしろと?」
「はい。そうです」
「その活動に許せる時間は?」
「1日ぐらいなら……」
「1日!? おいおい、それは幾ら何でも……」
「お願いします!依頼料は100万円は用意してますから!」
「ヒャク……農作物の為にそんなにもかけるのか?」
「いえ……家族が彼女に斬られたんです。けど傷が無くて……警察は私の事は一切信用しませんし……気味が悪くて……」
「家族が?分かった……ただし依頼料は10万で良い。100万は多すぎる」
「えー! 何言ってるんですか! 私たちの給料はどうなるんです!」
「うるせー!そう思うんだったらさっさと仕事しろ!」
依頼主にお茶を渡し終わって待機していた日輪が騒ぎ立てる。
給料もなにも住む所を提供してやってるんだからありがたく思ってほしいぜ。
「分かりました。それじゃあ、前金の為に用意した10万です」
依頼主がウエストポーチの中から封筒を取り出し、さし出してくる。
それを受け取り中身を確認し、日輪に渡す。
「確かに依頼料は受け取りました。 それじゃあ、畑まで行きましょうか」
「あ、私……単車で来てしまったんですが……」
「あー、じゃあ住所を……」
「すいません」
紙とペンを渡し、住所を記入してもらう。
鬼仙地方か……あの辺の山は色んなのがいるからあまり近づきたく無いんだが……
「それじゃあ、私どもは夜にでも伺います。先に帰っていてもらって大丈夫ですよ」
「はい、それじゃ失礼します」
またも頭を下げながら男性は帰っていった。
「よし!久しぶりの依頼だ。気合入れて行くぞ日輪」
「嫌ですよ。私、男には興味ないんで」
「今回の依頼主は男だが依頼対象は少女だぞ?」
「よしきた!さぁ!今直ぐ行こう!すぐに話しをしに行こう!」
「落ち着け。夜烏賊が帰ってきてからだ」
「え?あれを待つんですか?臭いじゃないですか」
「いや、あいつはな――」
ガチャッと扉が開き、ビニール袋を抱えた男が入ってくる。
ちらりと中の商品が飛び出ており、どうやら中身はクサヤのようだ。
ちなみに彼が夜烏賊 樫だ。
「いやー、そこの商店街でさクサヤが安売りで……」
「クセえ。回れ右してとっととこの部屋から出て行けコノヤロウ」
「おまっ……クサヤを馬鹿にするなよ!なんなら食うか!」
「やめろお前ら。日輪もすぐにクサイとか言うな」
「クサイものはクサイんです。なんでクサヤばっかり買ってくるんだか……」
「それについてはこの前も言っただろう?これにはふかーい訳があってだな……」
「もういいから黙れお前ら。夜烏賊、仕事が入ったんだ。準備しろ」
「へー仕事きたんですね。あ、クサヤ食べてからでも間に合います?」
「クサヤは食べるな。そして風呂に入ってこい。臭うぞ」
「!?そんな馬鹿な……この匂いはどう嗅いでもフローラルな花の――」
「クサヤの匂いだ。それとお前の体臭。厄払いが仕事だろうがお前は少し臭う。
幾ら仕事のためとはいえ、今回の件には臭いを落としてから行くぞ」
「……まさかここまで心にダメージを負うとは……銭湯行ってきます」
「1時間な。日暮れまで4時間しか無いからな」
「了解っす……」
とぼとぼと肩を落としながら夜烏賊が銭湯用具を一式持って歩いて行く。
少し言い過ぎたかもと心が揺れるが別にそうでもないかと違う心がそれを打ち消してしまう。
「あー、私にクサイと言うなって言ったの誰でしたっけ?」
「俺だ。正直悪かったと思ってる」
「ですよね……」
それから夜烏賊が帰ってくるまで2時間待った。
2時間まったが、夜烏賊の独特の臭いはなくなり代わりにシャンプーとボディソープの花の匂いしかしなくなっていた。
依頼主の山に着き、テントで畑を見張ること5時間。
まったくもって、依頼の少女が現れる気配はない。
まぁ、時刻はまだ0時を回っては居ないんだがな。
「現れませんね。あぁ、はやくあの子と乳の話がしたい……」
「ちょっと変態は黙ってろ」
「そうだぞ。少女と言えばむっちりとしたお尻と太ももに挟まれたパンツが一番の収穫だろ」
「お前はもっと黙ってろ」
張り込みをして5時間という時間が経つため少し苛々している。
日はあと30分もすれば昇ってしまうだろう。そう思っていた矢先だ。
目標が現れた。確かに薙刀を携え、頭には二本の角を持っている。
だが、ここから見ただけではあの角が本物か分からない……近づくか?
「ヒャッホーーウ! そこの素敵なお嬢さん!今日は二人で乳の話を――」
「っ!」
「おぅふぁ!」
馬鹿がテントから勝手に飛び出していって散った。
だが、そんな事はどうでもいい。問題は少女が俺達の存在に気がついて逃げていってしまったということだ。
「夜烏賊。追いかけるぞ」
「了解っす」
テントから飛び出し、少女をを追いかける。
思ったより足が遅い。着物のせいか?これなら……
「夜烏賊。挟み撃ちだ。先に回れ」
「えー、しんどいじゃないですか」
「うるさい。さっさと行け。給料をちょっとだけ上げてやるから」
「それだけじゃ足りないっスね。新作のアイドルのDVDを」
「あーもう。分かったから早くいけ!」
「ありがとうっス」
要求を聞き入れると直ぐに走って行きやがった。
現金なやつめ。 そういえばあいつが好きなアイドルって誰だ?
「ふっ……その下に履いてるパンツを渡すんだ!」
「っ!」
夜烏賊が先回りに成功したようだ。
なんか言ってはいけないことを言ってるような気がするが……
「夜烏賊!よせ。さて、もう逃げられないぞ。大人しく――」
話してる途中で風を斬る音が耳元を通り過ぎる。
どうやら少女の方はやる気があるらしい。夜烏賊は何処かへ隠れたな。
自分だけ逃げやがった!
「いや、まず話を聞いてくれるかな?」
「嫌!」
「ひぃ!」
ぶんぶんと薙刀を振り回しやがって。
なるべく使いたくなかったが……仕方ない。
振り回している隙を見て、一気に懐に潜り込む。
「悪いな、少し寝ててくれ」
「えぅ!?」
首もとにスタンガンを押し当てる。
コレで鬼じゃなかったら犯罪者だな俺は。
いや、鬼相手でも十分犯罪者か。
「さてと……調べるか」
気絶している所を悪いが、角を触らしてもらう。
ふむ……固いな。本物で間違いなさそうだ。薙刀も本物。
ほぼ鬼でいいだろうな。だが、なんで一般人にも姿が見えるんだ?
こちらで登録はしていないしな……まぁ、いいか。
「よっと……うはっ、軽いな」
倒れている少女を抱えて乗ってきた車まで戻る。
「あ、夜烏賊。逃げたから約束は無しな。あと、テント片付けといて」
「そんな!あんまりだ!」
木の上から叫び声が聞こえる。
あのやろう。もとは魚みたいな格好してやがるくせに、動きは素早いな。
「いいから行くぞ。吹き飛ばされた日輪も心配だ」
「DVD……アイドルのパンツ……」
なんか悲しい声が聞こえてきたが無視しておこう。反応しているとキリがない。
しばらく歩くと日輪がテントで寝転んでいた。
「なにやってんだ日輪」
「起きたらみんな居なくなってたのでさがすのもめんどくさ……ってその子あれですか!
捕まえれたんですか!胸は何カップでした?私の目測だとAあたりかと思うんですが確認の為に剥いじゃってもいいですか!」
「なにいってんだお前は。ダメに決まってるだろう。それにカカカカップなんてしらん。
鬼なのか確認しただけだ。この子は連れて帰るぞ」
「ヒャッホーーウ!」
騒いでいると奥の民家から男性が出てきた。依頼主だ。
「捕まえることができたんですか!早速警察へ……」
「いや、それはできない」
「え?」
「この子にはコチラの事情が通用しない。保護させてもらう」
「いや、しかしそれでは」
「なんと言われようが保護はさせてもらう。依頼主のあなたの指図も受けない」
「……分かりました。ちなみにその子はなんなのですか?人ではないと……」
「そうだ。コチラの住人だが住人ではない。鬼だ」
「鬼……ですが私の考えている鬼とはずいぶん違うのですが……」
「鬼にも種類ってものがある。この子の種類はしらないが、貴方達にも見える鬼は初めてだ」
「どういう事です?」
「普通は鬼というのは一般人には見えないんです。すぐ側にはいるが認識できない。
そういうふうになってるんです。とはいっても俺のような能力がある人には見えるんですがね」
「そうなんですか……では依頼は達成ということで?」
「はい」
「お疲れさまでした」
男性はさっさと家へともどって行ってしまった。
今回の依頼はなんとか成功。ただ、この子をどうするかが問題だな。
事務所に戻るとまだ気絶しているというか眠っている少女をソファーに寝転ばし、椅子に座る。
彼女が起きるまでは何も出来ないな。寝るか……
いやいやいや、寝たらあのハイエナ共(日輪と夜烏賊)が何をするか分かったものじゃないな。
「んっ……」
そんな事を考えていると、少女が目を覚ます。
しばらくボーッと部屋を見渡しているかと思えば急にソファーから飛び降り、身構える。
「ななななんなんですか貴方達は!」
「落ち着け!話を聞きたいだけだ!」
「話……ですか?」
「そうだ。だから落ち着いてくれ。危害は加えない」
「……分かりました」
なんとかなだめると、ソファーに座らせる。
すると少女が起きたのを察知したのか、給湯室から日輪が顔を覗かせる。
「わぁー!起きたんですか!可愛いな可愛いなぁ……どうだいお嬢ちゃん。お姉さんとこれからの乳の行く末を――」
「ちょっと黙ってろ日輪。っとすまないな。コイツは君と同じ鬼だから安心してくれ。
といっても……乳の話しかしないんだがな」
「はぁ……そうですか」
「で、早速だが君の名前は」
「鬼子です。日本鬼子」
「日本鬼子。そうか、ありがとう。じゃあ君は何処から来た?」
「……わかりません」
「うん。次に君は何時から生きている?」
「分かりません。名前以外は分からないんです」
「そうか。覚えている事は他には無いのか?」
「無いです。気づいたらあの山にいて……食べ物を探してたら畑があったので……」
「まぁ、良い。君はこれからどうする?というかどうしたい?」
「分かりません。記憶が無いからやりたい事も何も思いつかないんです」
「ありがとう……ちょっとそこで休んでいてくれ」
鬼子をソファーに座らせたままファイルを取り出す。
このファイルには俺が調べた限りの鬼の情報がのっている。
確か記憶を食べる鬼も居たはずだ……えーと……
いたいた。
”記憶喰”(きおくばみ)
普段は浮遊しながら、要らなくなった記憶を食べて生活しているが稀に食欲に歯止めが効かなくなるものが居る。
その記憶喰に目をつけられれば名前以外の記憶全て忘れてしまう。
記憶喰に食べられた記憶を取り戻すには、食べた個体が持つ結晶体から記憶を引きずり出す必要があるが、記憶喰は10日程度で分裂してしまうため、記憶も拡散してしまう。
早急の回収が望ましい。
……鬼が鬼の記憶を食べたのか。
記憶を取り戻すには、食べた個体を探すしか無いか……
彼女が出始めたのは2ヶ月前……60日として記憶喰の数は6匹程度。
回収できなくはないな……しょうがない。手伝ってやるか。
「なぁ、鬼子ちゃんだっけ?」
「はい、なんですか?」
日輪が出したお茶の飲みながら返事をする。
着物の模様がさっきと少し違うような気がするが……まぁいいか。
「君の記憶は恐らくだが……記憶喰という鬼に食べられた。
記憶を取り戻すには君の記憶を食べてしまった記憶喰をさがすしか無い」
「そう……ですか」
「そこでだ、力を貸してあげないでもない」
「え?」
「今、働き手が少し足りないのでね。等価交換といこう。君が仕事を手伝ってくれるなら君の記憶を探すのを手伝ってあげてもいいよ。どうする?」
「手伝う仕事なんかありもしないのに何いってんですか」
「日輪は黙ってろ。どうする?良い条件だと思うが」
「けど、それではみなさんに迷惑が……」
「関係ないな。俺の仕事は相談屋だ。悩みがあるなら聞くし、報酬によっては手伝う。
迷惑だなんて思ってないよ」
「で、でも……」
「もう、めんどくさいな!」
日輪が立ち上がり、彼女の手をとり朱肉に指を付け契約書に押し付ける。
「はい!コレで鬼子ちゃんもここの一員!コレで問題ない。仲間の悩み事は解決してあげる!」
「あ……ありがとうございます……」
「強引だなー」
「関係ないですー。さて、悩みの解決の報酬とはいかないが……」
「「?」」
「早速、乳を拝ましてもらいましょうか!」
「ひっ!」
「やめろ日輪」
「そうだぞ!やっぱり見るならパンツからだ!むしろ、その着物の隙間から見えるパンツを……」
「お前もやめろ夜烏賊」
「「またまたー。陽介さんも見たいくせにー」」
「見たくない!」
「え……見たくないんですか」
「そこで鬼子もションボリとするなよ!」
こうして鬼子という新しい仲間も加わり、少しだけ賑やかになる「鳴木相談所」
どうやら、少し厄介なものも近づけてるみたいだが……大丈夫か?
「やっと見つけた……私のおねいさま……」
終わり!