平安鬼子
平安時代。 それは都が平安京に置かれ、鬼というモノが認識され始めていた時代。
鬼が出始めたのは平将門の乱により、将門が死した一ヶ月後である……
都である平安京にも一人、鬼に心を喰われ、肉体を乗っ取られた者がいる。
年齢からすると30ぐらいだろうか。だが、見た目はまだ若く綺麗な外見をしている女性だ。
しかし、手には包丁を持ち、家に居る生きている者を刺し殺して邸内を回っている。
そのせいか着ている湯帷子には大量の血で赤黒く染められている。
「やめてくれぇ! どうして急にこんな事を……」
部屋の一室で生き残りであろう主人の男が背後にある襖を押さえながら問いかける。
「主は分かっておらぬようだのう……この体はもう我のモノだ。 主が悪いんだぞ?
手酷くこの女に毎夜、拳を振り上げ、追い詰めるからの。 ほれ、そこを退け」
手に持った包丁を振り上げ何度も男に振り下ろす。
その度に彼女の顔には血が飛び散り、顔を赤く染めていく……
「がっ……に、逃げ……ろ……」
最後の一振りを終え、ゆらりと立ち上がる。
血に塗れたその手で襖を開き、中に居る怯えた表情で見つめる少女を見下ろす。
「どうして……母さま……」
涙を流しながら包丁を持つ母さまと呼ばれる女性を少女が見上げる。
「大丈夫よ。 皆私と一緒になるだけだからね……」
そう言って女性が包丁を振り下ろす。
その時だろうか、部屋の中を風が通り抜けたと思うと少女は居なくなっていた。
「くそぅ! どこだ! 何処に行った!」
「ここだよ能なし」
女の背後から声が聞こえる。 勢い良く振り返りそこに立つ一人の青年を見つめる。
「だれだお前は! その子を渡せえぇええ!」
「悪いな。 これ以上殺させるわけにはいかないんでな。 晴明、ヒワイドリ……後は頼むぞ」
少女を抱えた青年がその場をずれると白い狩衣をまとった男が一人立っていた。
男の手には大量の札が握られており、男の横には奇怪な鶏が立っていた。
「ありがとう、狗。 ヒワイドリ……頼んだよ」
「わかってる」
ヒワイドリと呼ばれる奇怪な鶏は気がつくと顔立ちの整った青年に姿を変えていた。
「それで? 何をすればいいんだ晴明? あのとり憑かれたモノの形の良い乳を――」
バシンっと大量の札で晴明がヒワイドリの頭をたたき咳を一回して説明する。
「いいかい? 鬼の拘束をするんだ。 後は私がする」
「はいはいっと」
そう言うとヒワイドリは鬼に駆け寄り、拘束しようとする。
もちろん鬼も対抗し包丁を振り回すのだが、その腕を逆に掴まれ羽交い締めにされる。
「これは良い乳だ。 後で記録でもしておくか」
「まったく……君はいつでも乳の事を……」
ため息を吐きながら鬼にとり憑かれた女性に近づき顔を合わせる。
「離せぇ! 貴様ら!我の邪魔をするな!」
とり憑かれた女性、晴明の顔めがけて噛み付こうとするが軽くかわされ、ヒワイドリに押さえられる。
「コレは……深く根づいていますね。 祓えば君は死ぬよ? それでもいいかい?」
空に向かって喋り始める。 晴明が見る場所には半透明の、鬼のとり憑いた女性と同じ姿の女性が浮かんでいた。 顔は穏やかで、黙って頷くだけだった。
「わかりました。 すまないね。 君を祓うことになった。 安心してくれ、一瞬だ」
そう言うと手に持っていた札を押さえられている顔に貼り付け一歩下がり、何かを唱え始め女性が苦しみ始める。
「がああああ! 許さぬ……許さぬぞ!晴明!!」
すると急にヒワイドリが押さえていた女性が抵抗していた力をなくし全体重をヒワイドリにかける。
「おおぅ!? 急に重く……ということは祓えたのか?」
「ええ。 この女性の魂と共にこの家の人達も無事成仏できたようです」
「勿体無いな。 ということは……残るはあの子だけか……」
狗と呼ばれていた青年に抱き抱えられた女の子が震えながら必死で布で頭を隠している。
「ごめんよ。 何もしないからね」
軽く押さえている布をどけるとその下には角が二つ隠れていた。
「これは……」
「この子は鬼の子か晴明。 だが鬼は人に巣食ってこそ生きられる存在だろ?どうしてこんな」
「恐らく……ですが。 鬼に心を喰われ始めた状態で受胎したのが問題でしょう……この子はコチラで保護を」
その言葉を告げると狗とヒワイドリは目を丸くして驚く。
「いやいやいや、角が生えてるんですよ? どうやって匿うんですか? しかもこれ以上、理から外れたものを保護するのは……」
「晴明……あんた良い事言った! 猫しか乳成分がない野郎どもの巣に花を添えるきなんだな。憎いぜ!」
「お前、阿呆か! これ以上増えたら隠し通せなくなるの!」
「えぇ! でも乳は大切だろう乳は。 なんなら今日辺りでも一晩中乳の話を――」
晴明がため息を吐き、頭をかかえる。
だがその表情は少し笑顔で、嫌ではなさそうだ。
「隠しきれなくてもこの子は保護します。 その為にですが……」
少女の頭に手に持っていた札を貼りつけ印をきる。
「記憶は奪わしていただきます。 この人達に育てられたという記憶はない方がいい」
軽く少女の頭に貼った札を印をきったてでつつくと、札が一瞬で燃え、少女は眠りに落ちる。
「さて、名前を決めなくてはいけませんね」
「だったらさ! この子は良い乳の持ち主になるというかなってるから良い乳で良乳ってのは――」
言いかけている途中でヒワイドリが吹き飛ぶ。どうやら狗が蹴り飛ばしたらしい。
「乳以外のことも真面目に考えろっての。 だったらさ晴明。この国は日本って呼ばれてるだろ?それで、この子は
鬼の子だ。 そんで二つを合わせて日本鬼子っていうのはどうだ?」
「日本鬼子? 私は構いませんよ。 でも長いので鬼子と呼びます」
「ながっ……まぁいいけどよ。 それじゃ、これからよろしくな鬼子」
狗が少女……鬼子の頭を優しく撫で布を被せる。
「それじゃあ、帰りましょうか? そろそろ寒くなってきましたしね。 後のことは検非違使に任せましょう」
そう言って三人の……いや、一人の陰陽師と二匹の従者、そして一人の鬼の子がその家を後にする。
〜序章・完〜
「こら、待て!」
「待たないでゲス!」
屋敷に響き渡るような大声で鬼子がヤイカガシと呼ばれる奇怪な歩く魚を追い立てる。
鬼子を助けてから三年の月日が流れ、彼女は無事に大きく育った。
が、鬼の影響なのか一年位前から成長が止まっている。ただ、彼女が元気なのが幸いといったところだろう。
「げふっ!」
走り回っていたせいか、角から出てきた人の足に当たり踏まれる。
「おぉ、悪い悪い。 ん?何持ってんだお前」
ぶつかられた狗がヤイカガシを片手でひょいっと持ち上げる。
ヤイカガシの手には布のような物が握られており、動きを止められたことに対して相当焦っているようである。
「わわわ、離せでゲス」
「そのまま動くな!」
鬼子が廊下の曲がり角から走ってくる。 手には木製の薙刀が握られており、その表情はまるで鬼のようだ。
「ええい、もう! 離せと言ってるだろうが!」
「うわっ! 急に人にば……」
「そこだ!」
煙をあげて人型になるヤイカガシ。 そして、その人型に振り下ろされた薙刀に対する盾として扱われる。
ガンッ!
と強烈な音が当たりに響く。 練習用の薙刀であったためか、斬れはしなかったものの狗は叩かれた痛さのあまり、その場にしゃがみ込んでしまった。
「いってぇ……」
「わわ、だだだ大丈夫!?」
叩いた鬼子は薙刀を床に置いてしゃがみこみ、叩いてしまった狗の頭を心配している。
「悪く思わないでくれよ狗。 俺はまだ死ぬわけにはいかないんだ!」
そう言って、ヤイカガシが再び走りだそうとするがまたも人にぶつかってしまう。
「何やってるんですか? ん?その布は一体……」
「いてて……って、晴明!」
「あ、晴明!ヤイカガシを捕まえて!」
鬼子が叫ぶ。 その声に晴明にぶつかった事に対してしばらく静止していたヤイカガシが再び走りだそうとするが、晴明に軽く肩を叩かれ、元の姿に戻ってしまった。
「ひ、酷いでゲスよ晴明! この布を盗るのにどれだけ――」
「つーかまえた……」
「ひぃ!」
鬼子に片手で頭を鷲掴みにされ持ち上げられる。 それと同時に手に持っていた布も取り上げられる。
持ち上げている鬼子の表情は怒っているのか笑っているのかなんとも言えない表情になっていた。
「ねぇ……なんで盗ったのかな?」
引きつった笑顔でヤイカガシに質問をする。
「いや、それについてなんですが……欲しかったからとしか言えないでゲス。 あだっ!痛い!痛いでゲス!
手の力が締まってきてるでゲス! ごめんなさいでゲス!!」
「俺も混ざろう……」
少し離れた所にしゃがみ込んでいた狗もヤイカガシにゆっくりと歩み寄る。
「許してゲス! 晴明!助けて!」
「はぁ……鬼子、狗。 そこまでにしときなさい。 彼も反省してるんだ。 それより、少し話があるから私の部屋に来てください」
「いや、でも私のですね……その……」
「鬼子。 許せば人として一つ成長するのです。 次に同じことをしたら今回の分も入れて仕置をしなさい。 それでいいでしょう?」
「……わかりました」
「晴明がそう言うなら仕方ないな」
「た、助かったでゲス」
鬼子の手から放されたので、急いで離れようとするが直ぐに狗に捕まってしまう。
そして小声で
「結局あの布はなんなんだ?」
質問を投げ出される。
しばらくキョロキョロとあたりを見回し、鬼子に声が聞こえないのを確認すると、質問に答え始めた。
「実はですね。 あれは鬼子がいつも下につけてい……」
「下につけて? 私も続きが聞きたいなー」
「待て!早まるな鬼子!俺も居るんだ!」
「何を盗んだのか聞こうとした時点で同罪です」
笑顔で薙刀を思いっきり振り上げる。 男性の大事な一部に向かって。
言葉にならない叫びを上げ、股間を押さえながら倒れこむ二人。
相当痛かったのだろうか。 ふたりとも泡を吹いて倒れている。
鬼子は仕置をした事で満足したのか、さっさと晴明の部屋に走って行ってしまった。
股間を押さえながら倒れこむ二人に対して晴明はゆっくりと歩み寄り、しゃがんで話しかける。
「コレに懲りたら、もう鬼子のを狙うのはやめなさい」
「あ、諦めないでゲス……」
「俺は……やめておくよ……」
廊下に横たわる二人を置いて晴明は自分の部屋へと向かっていってしまった。
ため息を吐きながらも少し楽しそうな表情して……
周囲に札が隙間なく貼られている小さな部屋にヒワイドリ、ヤイカガシ、狗、鬼子、そして晴明が集まっている。
五人が部屋に集まったのだが誰一人として喋らず、ある”人”が来るのを待っている。
一時間ぐらいたった頃だろうか、部屋の襖がゆっくりと開かれ一人の妖艶な雰囲気の女性が現れる。
が、この女性も人では無いようで頭に二つ、獣の耳が生えている。
「遅かったですね。 何かあったんですか?」
「……ちょっと遅すぎるだろ猫。 それで、今回のはどういう奴だ?」
「ちょっと冷たいんじゃないの? もっとこう「仕事お疲れ様です」とか先にあるんじゃないの?」
「荒事を専門としてないんだからそれはないだろ! 俺が言われてみたいわ!」
「狗、ちょっとうるさいです。 猫、さっさと座って必要なことを」
「えー、もう少し良い事でもあれば私も直ぐに話しちゃうんだけどなー」
晴明に背中から抱きつき、耳元で囁く。
眉間に手を当て、少し考えたあとで晴明が交渉に出る。
「わかりました。 なんとかしてみますよ」
「えへへ、ありがとねー。 それじゃあ、報告ね。 今回の目標は堕鬼であるとほぼ断定しても間違いはないです。
都周辺に群れをなして、行動しているとの情報もあり――」
「あのー」
ゆっくりと鬼子が手を上げ、猫の報告を中断する。
「ん? どうしたの鬼子? お姉さんがなんでも答えてあ・げ・る」
「猫さんが言ってる堕鬼ってなんですか?」
「……え?」
質問の内容に驚いたのか、猫が固まるが狗がその質問に答える。
「鬼子……この前、俺が説明したよな」
「狗の説明はなんかこう……頭に入ってこないというかなんというか……」
「……また、説明しなきゃならないのか」
小声で何かをつぶやき、落ち込む狗を尻目に晴明が説明を始める。
「私が説明しましょう……いいですか鬼子?鬼には三種類の存在が確認されています。一つは溢れ鬼。
これは、人々の心から過剰に出過ぎた感情が溢れ出てそれが実体化しているモノです。例としてはヒワイドリやヤイカガシがそうです。 二つ目は心鬼。 これは人々の心に棲み、溢れ出ようとする感情を喰らうモノです。
これは、基本的には悪さはしません。ただ、肉体的、精神的に追い詰められている状況や、心を喰らう行為に歯止めが効かず、心を鬼が完全に喰らってしまった場合は負の感情に心鬼が影響され暴走します――」
心鬼の事を話し終わると、鬼子以外の皆が表情を暗くする。
三年前の鬼子が育てられていた家、それが無くなってしまったことはこれから話す堕鬼が原因あることは明白だからだ。
だが、その事を鬼子は知らない。 それでも、彼らはコレの説明は極力避けてきたのだ。 一度の説明で住むように。
再び、鬼子が育てられていた家の事を思い出さないように。
一瞬の沈黙の後、晴明が続きを話す。
「最後に、堕鬼。 これは非情に厄介です。 心鬼となり人々の心に入り込むこともできるし、溢れ鬼として姿を実体化させ直接的に人を喰らうこともできるからです。 先に説明した二種類の鬼は邪気を祓うだけで簡単に浄化が出来るのですが……コレだけは違います。 完全に邪気に侵されている状況なので祓うというよりも、殺すという表現のほうがあっています。 私たちが今から相手にするのはこの鬼です。わかりましたか?」
「わかりましたけど……堕鬼は絶対に殺さなきゃならないんですか?」
「えぇ……今は……それしかありません。 彼らは存在するだけで邪気を振りまく鬼ですからね」
「けど、彼らだって……」
「鬼子。 彼らは堕鬼です。 周囲に不幸をもたらす鬼なんです」
「それだったら……私も死ななきゃいけないです!」
頭に着けている布を外し、角を見せる。
先端は少しかけており、ものをぶつけられたと思える傷がが少し見える。
「鬼子……お前、その傷は……」
狗が傷を見て、目を丸くして驚く。
周りにいるモノたちも全員そうだ。 まったく気が付かなかったのだろう。
邸内では明るく振る舞い、なにも心配事が無いように思えた鬼子が傷ついていたのだ。
「子供達に石をぶつけられた時の傷です……それで思ったんです。 私は存在しちゃいけない鬼なんじゃないのかって。
存在するだけで皆の不幸にして……迷惑を……ぐすっ……かけてるんじゃ……ないのかって。 現に、晴明様は私のせいで、都の子供たちから鬼の子だとか言われていて……だから……だから……」
最後の方は声が泣き声に変わっていってしまっており、聞き取れなかった。
今まで溜めていた不安を吐き出したせいだろうか、完全に泣き出してしまい部屋中に鬼子の泣き声が響き渡る。
「っ!」
手に持っていた調査の報告書だろうか、それを床に落とし猫が鬼子を抱きしめる。
「大丈夫。鬼子は堕鬼なんかじゃない。だってそうでしょ? いつもご飯の支度をしてくれてるし……
庭の木の手入れだって一人でしてるじゃない。 家が襲われたって大丈夫なように薙刀を使えるように練習だって毎日してるじゃない。この家を守ろうとしてるじゃない。そんな子が存在しちゃいけないわけ無いでしょ。」
鬼子を抱きしめている猫の周りでオロオロしながら狗達が見守っている。
晴明が抱きしめられている鬼子に近づき、頭を撫でる。
「鬼子……君は堕鬼じゃない。君を拾った時から私はそう思っている。 私は君を拾ったことで生活するのが楽しくなった。それは嘘じゃない。 だってこんなにも可愛い子を毎日見ていられるんだからね。 それに、堕鬼を祓うことはできます。 先程はなるべく言わないようにしていたんですがね……巻き込みたくなかったから――」
「え?……それって……どういう……事ですか?」
鬼子が少し涙を拭きとり、晴明に質問する。
狗が今から言うことに対して止めようとしたが、ヤイカガシとヒワイドリに立ち上がるのを止められる。
これは晴明の判断に任せるという事なのだろう。 狗も大人しく座りなおし、腕を組み晴明が話すことを黙って聞こうとしている。
それを見た晴明は話を続ける。
「私は……これまで数多くの鬼を浄化し、退治してきました。 そこである人物が殺さないで浄化させていたのを一回だけ見たんです。 狗と共にね。
その人は堕鬼に対し、刃を突き立てそれを引きぬく事を平然と行なっていました。
ただ、それだけでは従来の退治と代わりはなかったのですが、私が見たのは違ってました。
傷口から草木の芽が生え、それが一瞬であたりに充満している邪気を吸いとり葉が散るんです。
その行為を行った後、堕鬼から邪気が消え失せ、溢れ鬼のような純粋な、悪さをしない鬼になったのです。
退治しなくて済む、そう思いその人に聞こうとしたのですが……」
「どう……したんですか?」
「彼、いや……彼女は人ではありませんでした。 鬼子と同じように額には一本だけですが角があり、彼は自身の事を”善鬼”そう言いました。 どうやら、その堕鬼を殺さない行為は人やヤイカガシなどの理を外れたモノたちには使えないらしく……
理と人の間に居る私にしか使えないと、そう言ってました。 そして彼女は別れ際に薙刀を私に手渡すと、こう告げたんです。
「私と同じような、安定しないモノが都にはひとりだけ居る。 その子が、妙齢になったらそれを渡しなさい。
必ずその子の力になる」とね。 どうする鬼子。 ここからは君自身が決めなさい。 私たちと一緒にこれから行く退治に同行するか、いつものように家で帰りを待つか」
その言葉を告げられると鬼子は少し考え、袖で涙を拭き取り立ち上がる。
「私は……一緒に行きます!」
「そうですか……狗。 薙刀を出しなさい」
晴明がそう言うと、黙って狗が立ち上がり壁に貼ってある札を剥がし、壁の裏から一本の薙刀を取り出す。
それと共に一枚の着物も取り出す。 着物には紅葉の模様があり、時折それが風に吹かれたかのように動いている。
「コレが君に渡す薙刀です。 そしてコレが、その時に一緒に貰った着物です。 どうやら、この着物には特殊な術が
かけられているようで……一定状況下では力を最大限に引き出せるようです。 着替えてきなさい。これから現場に向かいます」
「はい!」
鬼子はそれらを受け取ると喜んで自室へ向かい、ヤイカガシとヒワイドリ、猫も後を追っていった。
理由はちゃんと着物が着れるか心配だからだそうだ。 ヤイカガシとヒワイドリは違う目的だろうが……
部屋に残された狗と晴明は少しほっとした表情をし、表情を曇らせる。
「晴明……あの薙刀について最後まで言わなくてもいいのか」
「えぇ。 話の続きである”薙刀を使えば私がひと月の間に死ぬ”という事を言ってしまえば、彼女は薙刀を手にしても堕鬼に対して戦うこともせず、死んでしまうでしょうからね。彼女はそれだけ優しい」
「だが、その事を知れば必ず悲しむぞ。 それでいいのか」
「はい。 その為の行動は起こしています。 もう一人の陰陽師、蘆屋道満……彼に頼んでね」
一瞬だけ、狗が嫌な表情を見せたが文句も言わず「そうか」の一言で話は終わった。
鬼子達が着替えを終えたのか、部屋に戻り出発の時刻になった。
薙刀の話は狗と晴明しかしらない。 幼少期から共に行動し、共に鬼を退治してきた猫ですらしらない話。
〜一章・完〜