「日本鬼子・ひのもとおにこ」
●「日本鬼子・ひのもとおにこ」〜第四章〜【初めての友達】
黒い雲が立ち込めるある日の昼、舞子が鬼子の所に【ドタドタ】と飛んで来た。
「鬼子ちゃん。で、出たかもしれない・・。」舞子は少し焦りながら鬼子にそう言った。
鬼子は口に魚をくわえ美味しそうな顔をしながら振り向いた。きび爺、きび婆と昼食の様だ。
「便秘治ったんだ!よかったね。」
舞子はずっこけてる。「ち、違うわよ。輩よ、悪しき輩。」と恥ずかしそうに顔を赤くしながら言った。
「さっきお参りに来た人から聞いたんだけど、二日前の晩に子供たちが近くの沼に遊びに言った時、そこに青い服を着た一人の少年らしき子が居たんだって。子供たちはその場をすぐ離れたみたいだけど、次の日、またその沼に遊びに行ったらまたその少年が居たらしいの。でも、雰囲気が何か違ってたんだって。
何かその・・人じゃ無い見たいだったって・・・。」一瞬にして、空気が張り詰める。
それを聞いたきび爺、きび婆は少し険しい表情をしていた。
鬼子は魚を口の中に全部押し入れて、【スクッ】と立ち上がった。厳しい目をしている。
「ばもぐもぐhぐうdjdsdもぐる。」・・・何を言ってるか解らない・・・。
鬼子は魚を飲み込んでもう一度言った。「場所どこ?今から行ってくる。」
きび婆が鬼子に言った。「鬼神様の角の繊維で編んだ物を付けとるかぃ?」
「うん。大丈夫。いつも付けてるから。」
舞子から場所を聞いた鬼子はすぐさまその沼めがけて走って行った。走ると言うより飛び跳ねながら。
すごい速さだ。木々の間をすり抜けながら鬼子は飛んで言った。その背中にはヒワイドリがくっ付いている。
【スタッ】鬼子はその沼近くに着いた。人間の民の足なら走っても20分ほどかかる距離だが、鬼子は2、3分くらいでそこに着いた。鬱蒼と生い茂る木々、雑草。その向こう側に沼が見えた。そして・・・
はっきり見える。沼のほとりに立っている子供が。服は着ていない。青い服がその足元に散らばっている。
そして肌が黒ずんでいるようだ。その子供は【ボ〜】っと沼を見ている様だった。
「典型的な輩だな。初期段階か。ああなっては元に戻れない・・・」と般若面が言った。
「・・・うん。解ってる。話では聞いてたから。」鬼子は落ち着いている。人間の民の前とは大違いだ。
鬼子は、本当は初めてなのである。自ら散らそうとする事は。その為の修行を闇世でしていたのである。
「気をつけるんじゃぞ。」般若面はそう言った。
「うん。」
鬼子は少しづつその輩に近づいて行った。輩は動かない。ジッと沼を見つめている様だった。
ヒワイドリは木の陰に隠れている。
鬼子は声を掛けた。「君の名前は?」
「・・・腹へった」ボソッとその輩は言った。
【・・・・・、あの時と・・似ている・・・。】鬼子はそう思い、悔しそうな、そして切ない表情になっていた。
鬼子はそっと手を差しのべた。すると、その輩が突然大きな口を空け襲い掛かってきた。【バクゥッ】
鬼子はとっさに後ろへ逃げ、目が赤くなる。スクッと立ち上がり、もう一度鬼子は聞いた。
「お願い・・・答えて。君の名前は?」と。
「腹減った。お前を食う」その輩はニヤッと笑った様に見えた。
「鬼子、ためらうな。」と般若面が言う。
「でもあの子・・・背丈からして、どう見ても10歳くらいにしか見えない。それに・・・言葉を話してる・・・。」
鬼子の心は、どうにか助けてあげたいと思う気持ちになっていた。
ゆらり・・ゆらりとその輩は鬼子の方に近づいて来ている。鬼子はユックリとその距離をとる。
「鬼子・・・皆最初は初期段階の輩を見ると悩むんじゃ。
しかし悩んでるうちに反応が遅れ、食い殺された者を何人も見てきている。」
般若面は幾度となく経験があるみたいだ。
「・・・本当にあの子・・・もう駄目なの・・・?」鬼子の目は、強い悲しみを背負っていた。
「皮膚が黒ずみ、さらに変化している・・・。初期段階と言っても、輩としての初期段階じゃ。
このまま放っておくと力をつけ、いずれ街に出て人間の民を襲うじゃろ。可愛そうじゃが散らすしか・・ないのう。」
鬼子は般若面の言葉を聞いてから、ジッとその輩を見つめている。【ゆらり・・ゆらり】輩は鬼子に少しづつ近づく。
鬼子はまた少しづつ距離をとりながら後ろへ下がっていく。鬼子は闇世での出来事を思い出していた・・・。
夕暮れ時、鬼子がまだ11歳くらいの頃、近所の二つ上のお兄ちゃん2人と計3人で山間で遊んでいた時だ。
何処からか悪しき輩が現れた。まだ初期段階の輩・・・。
二つ上のお兄ちゃん達は、輩退治の修行をしているが、まだ見習い中だった。
その輩は、彼らが修行中教えられていた通りの初期段階の輩だったが、裸で居る事、皮膚が黒ずんでいる事を除けば普通の人に見える。見た目はそのお兄ちゃん達と同じくらいの年齢か。それに女の子っだった。
近所のお兄ちゃんの一人がその輩に用心しながらそっと近づいていく。
「お水・・・ちょうだい」その輩が言葉を発する。
その言葉を聞いたお兄ちゃんは、目を見開いて、こう思った。
【この輩はまだ助ける事が出来る・・・】と思ってしまったのだ。
もう一人のお兄ちゃんも、そして鬼子もそう思った。
しかし・・・近づいていったお兄ちゃんが「こっちへおいで。」と手を差しのべたその瞬間・・・。
頭から腰にかけて、一瞬にして食べられてしまった。もう一人のお兄ちゃんと、鬼子の目の前で・・・。
ゆらり・・・ゆらりとその輩はもう一人のお兄ちゃんと、鬼子に近づいてくる。
彼等は、受け入れられない状況を目の当たりにし、ショックのあまり腰が抜けて立ち上がれず、身動き出来ない状況にあった。
ユックリと輩が近づいてくる。鬼子の方に・・・。一歩、また一歩と。
その状況を見ていたもう一人のお兄ちゃんが、やっとのおもいで腰を上げ、鬼子に向かって叫んだ。
「ひのー!(鬼子の事)に、逃げるんだ。逃げるんだー。」
しかし鬼子は立ち上がる事が出来ない。その輩は鬼子の前に立ちふさがった。
ユックリと大きな口を開いて・・・鬼子に覆いかぶさってきた。【キャアアー】
【ガツン】・・・・・。お兄ちゃんが鬼子の前に立ちふさがり、輩を一生懸命抑えている。
「ひの・・・立て。立って逃げるんだ。」お兄ちゃんは必死に鬼子をかばう。
鬼子は立ち上がる事は出来なかったが、足で地面を蹴り一生懸命泣きながら後ろへ、後ろへと下がっていった。
その時、【ズンッ】と少し鈍い音がした。
鬼子がお兄ちゃんの方に目をやると、お兄ちゃんの背中から大きな何かが突き出ていた。
お兄ちゃんの口から血が流れる・・・。それでも必死に輩を抑えていた。
「ひの・・・はやく・・にげて・・・。」お兄ちゃんのかすれた声。目から涙を流しながら・・・。
鬼子は震えた声で「お・・・お兄ちゃん・・・。お兄ちゃん・・・。」それが精一杯だった。
【ドカッ】お兄ちゃんは輩に蹴り飛ばされ、鬼子の前に倒れた。
また輩がゆらり、ゆらりとユックリ迫ってくる。
「お兄ちゃん・・お兄ちゃん・・。」鬼子はお兄ちゃんの顔に手を触れながらそう言うしかなかった。
「ひの・・・」お兄ちゃんが震える手で鬼子の方に何かを差し出している。
「これで・・・これで皆を呼ぶんだ・・。この・・・笛を・・力一杯吹け・・・。」
「ひの・・・早く・・・。」その差し出された笛は、悪しき輩が出たと言う合図を送る笛。
鬼子は震えるお兄ちゃんの手を持ち、そのまま笛を吹いた。
【ピーーーーーーーーーーーーーー】
光の世での今の目の前の現状と、その出来事がダブって見えた。
鬼子は唇をキュッと噛んで、心を決め、般若面から薙刀を取り出し身構えた。
鬼子は左腕を前に伸ばし、人差し指と中指を立て、悲しそうな表情で涙を流しながら唱えた。
「神代に属するは闇、授けるは虚無・・・。」
輩の周りに光り輝く神代呪文の文字が舞う。
「ごめんね。助けられなくて・・・。」
鬼子は薙刀を使わず・・・・・「萌え散れ!」小さく、優しい心でそう言った。
神代呪文の文字が輩をそっと包む。【シュッ】・・・・・・・・・・輩は簡単に散って行った。
その瞬間、「あぁ・・・。」鬼子が声を漏らす。
そして、その場に膝を着き震えていた。「ああ・・・あああぁ・・・」
「どうした鬼子!?」木の陰に隠れていたヒワイドリが飛んできて、心配そうに聞いている。
「あぁ・・・伝わってくる・・・。苦しい悲鳴が伝わってくる・・・。」鬼子は自分の身体を抱きしめ震えていた。
「大丈夫か?鬼子?」あのヒワイドリが真剣に鬼子の事を心配している。
「初期段階の悪しき輩を散らすと、その散らされた輩の心が伝わってくるんじゃ。輩になるまでの心の叫びや辛かった事が全て入り込んで来る。散らすとは・・・その者が光を失うまでの辛かった事を、全てを背負うって言う事なんじゃよ・・・。今はまだ・・・鬼子はそれに耐える事が出来ないんじゃな・・・。」般若面は悲しそうな表情でそう言った。
鬼子は地面に座り込み、自分の身体を抱きかかえ、下を向き、泣きながら震えていた。
散らした輩の心の悲痛な叫びが・・・鬼子の心を締め付けている・・・。
般若面とヒワイドリは鬼子が自ら立ち上がるまで、その場を動かず、何も話さず、見守っていた。
散らされた輩の足元には・・・小さな赤い色のお守りが落ちていた。
小雪がちらつく山間。鬼子達はユックリと無言で歩いている。
彼らの足は、神社ではなく大きな湖のある方角だ。ヒワイドリが教えてくれた。
湖のほとりには大きな公園があり、綺麗な風景を見て心を落ち着かせる事が出来ると。
たまには気の利いた事を言う。彼等はユックリと湖に出た。
人影は無い。もちろんそうだろう。この寒い、小雪の舞う山間の湖に誰が好んで来るのか。
近くにあった石でできた椅子に腰掛けた。椅子はひんやりと冷たい。
「鬼子・・・。」般若面が声をかける。
「確かに悪しき輩がこの光の世に存在している事は解ったのう。その出所をどうやって調べるかが問題じゃ。
出来るだけ早い段階で輩を見つける事が出来れば、何かが解るかもしれん。」
「先ほど、鬼子が輩に話しかけたように、散らす前に輩本人に聞くのはいい手かもしれんのう。」
「ただ・・・輩事態にまだ人間の民の心が残っている段階でないと駄目じゃがな。辛いが・・・やれるか?。」
鬼子は無言でうなずいた。そして自分の手を見つめている。その手には、さっきの輩が持っていたお守りがあった。
鬼子がポツリと言う。「ねぇ般若。」
「んん?」般若が鬼子の頭の上でそう返事する。
「さっき、食い殺された者を何人も見てきているって言ってたわよね。」
「あぁ・・・、言った。」
「般若は私が生まれた時からずっと一緒にいたから、お父さんやお母さんがどこかでその時に祈祷してもらったものとばかり思ってたけど・・・。違うみたいね・・。」
鬼子は般若への疑いではなく、輩をどうにかしたいと思う一身で聞いているのだ。
「・・・・・あぁ、ワシは鬼子が生まれるよりもずっと前から闇世で生きているらしい・・・。ただ・・・記憶が無いんじゃ。断片的には覚えてるんじゃが、ほとんどの記憶がどこかに飛んでしまっとる。」
と般若は鬼子に告げた。
「・・・そっか。」鬼子はそれ以上話さなかった。鬼子はただ、本心から輩を出さないためにはと言う事を考えていた。
「鬼子。」ヒワイドリが言葉を発した。
「ん?な〜に?」鬼子は優しい口調で聞いた。
「乳の話しでもしようじゃないか。」
【プッス】鬼子の薙刀がヒワイドリのお尻を刺している。
「いてて〜。」ヒワイドリはお尻を押さえながら辺りを飛び跳ねている。
「真面目な話をしてる時になんて事を言い出すのよ!」鬼子は立ち上がり、怒り口調で言った。
「だ、だってオイラ、こんな超〜重い空気は嫌いだからよ。それに、鬼子に乳が無いのは本当だろ!?」
「な・・・なにぃ〜。」鬼子は胸を押さえながら、目の色が変わる。
ヒワイドリは鬼子の前に立った。
「その年齢になって、乳が無いのはそれだけで罪だぞ!」ヒワイドリは指差しながら仁王立ちしている。
「う・・うるさい!」
鬼子はブンブン薙刀を振り回しながらヒワイドリを追いかけていた。
【ピタッ】とヒワイドリが止まる。【プッス】と薙刀が刺さる。
「いてててて〜。」ヒワイドリはまた飛び跳ねながらお尻を撫でている。
「な、何で刺すんだよ。」ヒワイドリは、何処から出してきたのか解らないが、バンソウコウをお尻に貼り付けていた。
「何でって、あんたが急に止まるから刺さったのよ!」確かに鬼子の言う通りだ。
「あれ!」ヒワイドリが何かを指さしている。
「ん?何?」と鬼子はヒワイドリの指差す方を見た。
少し離れた場所で、誰かが椅子に腰かけているようだ。
「あれ、おかしくないか?一人でこんな寒い中。」ヒワイドリが、そう真面目に言った。
「た、確かに変ね。でもあんたも変よ。真面目な事言うなんて。」
鬼子は細目でヒワイドリを見ている。そして、その座っている人の方へ目をやった。
学生服姿の女の子。青い髪をした女の子が座っている。歳は鬼子と同じくらいか。
鬼子の脳裏にまた、悲しい思い出が渦を巻き甦ってくる。
鬼子は、さっきの輩を思い出しながらそっとその女の子の方に近づいていった。
目を赤くし、角は尖がり、薙刀を持ったままそっと、そっと近づいた。
「何してるの?」鬼子はその女の子に聞いた。
声をかけられ振り向いた女の子は、鬼子を見て「キャアアア〜」と叫んだ。
その子は持っていた物を放り投げ、悲鳴を上げてビックリした表情で鬼子の方を見ている。
鬼子もたじろいでいる。
「わ、私・・・お金持ってないわよ・・・。何も持ってないわよ・・・。」その女の子は少し怯えた表情だ。
「い、いや・・・私物取りじゃなくて、ここで何してるのかな〜って思って・・・。」
鬼子は首を振り、焦りながらそう言った。
「な、何してるって・・・え、絵を描いてるの・・・。だからお金なんて持ってないよ・・・。」
女の子はかなり動揺しているようだ。
「そ、そうだったの・・。ごめんなさい。こんな寒い中・・・一人でここに居るのは何か妖しいと思ってしまって・・・。」
鬼子の素直な言葉だった。
「あ・・妖しいって・・・。そっちの方がとても妖しいわよ・・。着物姿だし、目が赤いし。角みたいな物を頭に付けてるし、お面もつけて、手に・・・すごいもの持ってるし・・・それに鶏と一緒なんて・・・。」
確かに鬼子の方がとっても妖しい。物取りか、頭のおかしい人に見えてもおかしくない格好だ。
鬼子は焦りながらサッと隠せる物は後ろへ隠した。どちらが妖しいか、鬼子も解ったのだろう。
「ご、ごめんなさい。本当にごめんなさい。ビックリさせちゃって。」申し訳なさそうに鬼子はそう言った。
「さ、寒いのに大丈夫?動かず、ジッとしてたみたいだから。」と鬼子は言った。
「大丈夫よ。今、学校の冬休みの絵画の宿題やってたの。冬の風景画の宿題があってね。」女の子は顔を傾けながら可愛らしくそう言った。
鬼子はそっと胸を撫で下ろす。「そ、そうだったの。本当にごめんなさいね。驚かせてしまって。」
「ううん。いいよもう。そう何度も謝らなくても。」そう女の子は鬼子のほうを見て言った。とても優しい表情だった。
「うぅ・・・優しい方ですね。許してくれるなんて。」鬼子は女の子の優しい表情をみてつい涙目になってしまった。
女の子はその鬼子の姿を見て、呆然としている。
「うわぁ〜綺麗ね、この絵。」鬼子はチョコンと女の子の横へ座り、その絵を眺めた。
「すごいなぁ〜。こんな綺麗な絵、描けるなんて。」鬼子の目がキラキラしている。
女の子は少しためらいながら言った。「そ、そう?。有難う。」
鬼子はニコッとしている。
「私、ひのもとおにこって言います。宜しくね!」満面の笑顔だ。
「あっ。わ、私、田中みこと。宜しく。」その女の子は恥ずかしそうにそう言った。
「本当はね・・・」その田中さんが続けて言う。
「今日約束してた友達が、みんな駄目になっちゃって。・・と、友達少ないから他に誰も呼べなくて・・・。」
少し寂しい表情をしていた。
すると鬼子は目をキラキラさせながら自分を指差している。
「え?」田中さんは最初意味が解らなかった。
鬼子は目をキラキラさせたまま、まだ自分を指差している。
「え?友達になってくれるの?鬼子ちゃんが?」
その言葉を聞いた鬼子はブンブンと顔を縦にゆらす。
「あ・・・有難う。嬉しいなぁ。」田中さんは強引な鬼子のその提案を、理解しがたかったが、嬉しさもあって受け入れてくれた。
「みことチャンかぁ。家には巫女さんがいるなぁ。みことチャンにみこさんかぁ。何か似てる。」とボソッと言った。
「え?何?」と田中さんが言う。
「ううん。何も無い。こっちの話し。」と鬼子は手を振り、苦笑いしながらそう答えた。
ヒワイドリは、後ろを向いて口に手を当て肩を揺らしながら笑っていた。俺に似てきたと思ってるのだろう。
「鬼子ちゃん。暖かいお茶でも飲む?寒いでしょ。」と田中さんが言ってくれた。
その言葉を聞いた鬼子は目から大洪水がおきている。鬼子は人間の民の優しい言葉に弱いみたいだ。
「鬼子ちゃんは何処に住んでるの?」と田中さんが聞いてきた。
「鬼狐神社です!」と鬼子は元気良く答えた。
「え・・・鬼子ちゃんは神社の子だったんだ。めずらしいね。」田中さんは街中の子と思い込んでいたみたいだ。
「そ、そうですか?めずらしいですか?変ですか??」鬼子は田中さんの目をじっと見つめながらそう言った。
田中さんはたじろぎながら、「い、いや。私、街中に住んでるんで、まわりにそういう子居ないから・・・。」
「そうなんですか。じゃぁ私が神社の子第一号って訳ですね!」何故か喜んでいる鬼子。
「ハ、ハハハ・・。第一号って・・。」田中さんは反応に困っている。
「私最近こっちに引っ越してきたばかりで、知り合いも少ないし、友達全然いないんですよ〜。」と鬼子が言う。
この言葉はきび婆から教えてもらった言葉だが。
「街中も一度だけ出た事あるんですけど、もう迷っちゃって迷っちゃって。」と鬼子は照れ笑いしている。
迷ってはいないが、心が無く、色々あって記憶が飛んでいたのは確かだ。
「そう、引っ越してきた時って解らない事だらけだもんね!」田中さんは優しくそう言ってくれた。
「解ってもらえます?この寂しい気持ち!?」と鬼子はまた涙目になりながらそう言った。
田中さんは、やはり又たじろぎながら「解る、解る・・。最初は寂しいもんね。友達もいないから。」と言った。
鬼子は田中さんの方を見て、またまた目から大洪水をおこしている。
そんな鬼子を見ていた田中さんは、鬼子の事を可哀想な子だな〜っと思い始めた。
「あっそうだ。鬼子ちゃん明日は暇?」と田中さんが聞いてきた。
唐突な言葉だったが鬼子は「うん」と答えた。
「私いつも暇なんです・・。友達いないから・・・。」また、自虐的な鬼子の言葉・・・。
「そ、そう。よかったら私と一緒に街中へ出てみる?明日の午後から街がクリスマス用にライトアップされて綺麗なの。それを見ながらショッピングでもしない?友達になった証として。」
田中さんもライトアップされた街中をワイワイと話をしながら友達と歩きたかったみたいだった。
【ダー】っと鬼子の目から涙が流れる。涙で体が流されていく勢いだ。
「い・・いいんですか?こんな私と一緒で・・いいんですかぁ・・?」
「い、いいよ。私も街中へ出たかったし、お喋りするの楽しいもんね。」そう言ってくれた田中さんの笑顔が鬼子にはキラキラ輝いてるように見えた。
「た、田中さんって、優しい人ですね〜。本当に優しい人です〜。」
鬼子は涙を流し、鼻水を流し・・本当にグダグダだった。
田中さんと別れ、神社へ戻った鬼子。
友達が出来た事をきび爺、きび婆、その他の人達に楽しそうに話をしている。
鬼子の部屋には、そっと小さな赤い色のお守りが飾られていた。
●「日本鬼子・ひのもとおにこ」〜第五章〜【鬼子はお洒落通!?】
今朝方、冷たい雨が降っていた山間。水溜りが凍り、キラキラと太陽の光を反射している。
今はもう夕暮れまじか。その氷の上を夕暮れの太陽のスポットライトを浴びて、スイスイと滑っているヒワイドリ。
そんな余裕の有るヒワイドリをよそに、鬼子はバタバタしていた。
「きび婆〜きび婆〜〜〜!」
鬼子の大きな声が神社に響き渡る。
「なんじゃいさっきから。大きな声を出さんでも聞こえとるわぃ」
「この角、これで良いと思う?誤魔化せてるよねぇ〜〜」
「だからさっきから大丈夫じゃと言っとろうが」
こんなやり取りが、朝から今まで続いてるのだ。
きび婆もいいかげんにしてくれと言わんばかりに、きび爺に八当たりをしている。
「じゃぁ行ってきま〜〜〜っす!」
とすごく元気な鬼子の声。
神社の玄関の門付近で、弥次さん、喜多さんが手を振って鬼子を見送っている。
その鬼子の声をよそに、ヒワイドリは氷の上でトリプルアクセルを決め、スイスイと滑っていた。
ヒワイドリは鬼子から言われたのだ。
「今日は絶対に付いてくるな」と。
そう、今日は田中さんと言う初めてお友達になってくれた女の子と街へ遊びに行く日。
クリスマス用の街のライトアップがお目当てだ。鬼子にとってはとても大事な日なのだ。
鬼子は般若面を袂に入れ、角にはカチュウシャとヒワイドリアクセサリー・・・。
そんな出で立ちで勢い良く飛びはねながら山を駆け降りて行った。
街中に着いた鬼子は、昨日田中さんが書いてくれた地図を見ながらキョロキョロと待ち合わせ場所を探している。
その待ち合わせ場所は、金色に塗られた派手な10階建てのビル。その玄関口には大きな看板があり人気歌手の写真が飾られている。このビルはレコードやCD,DVDなどを売っているビルらしい。
レコード、CD、DVDと言う言葉がどういう物か、きび婆から教えてもらったのだが。その前で待ち合わせなのだ。
鬼子はその場所に、20分前に着いてしまった。鬼子は街中の時計を見る。
「あぁ〜大分早く着いちゃったな。でも、遅れるよりいぃわよね」
鬼子は笑顔でそうつぶやく。
周りにいる人達は、鬼子の方を見てなにやらクスクス笑っている。
鬼子は自分が見られてる事に気付いていた。
「・・・やっぱり角が気になるのかなぁ・・・。この角、取る事が出来ないから何とか誤魔化してるんだけど、人間の民には解ってしまうのかしら・・・」
鬼子はそう心でつぶやいた。鬼子の前を行き交う人々。楽しそうに話しながら歩いてる人もいれば、鬼子の方を見てクスクス笑う人もいる。鬼子はモジモジしながらその場に立っていた。
鬼子は目のやり場に困り、金色のビルの大きな看板をジーーーーーっと見つめていた。
待ち合わせ時間の5分ほど前、田中さんが手を振りながらこちらにやってきた。
田中さんの目に飛び込んできた鬼子の表情は・・・泣いていた。
「お、鬼子ちゃん・・どうしたの?」
「だあああ〜〜田中さ〜〜ん・・。さ、寂しかった・・・。皆がジロジロ見てるし、とても緊張して・・・」
「えぇ?皆がジロジロ見てる?」
田中さんは周りを見渡したが誰もジロジロ見ていない。
「多分、着物が珍しいのよ。気にしない方がいいわよ鬼子ちゃん」
田中さんはそう言ってくれた。その優しい言葉を聞いて、鬼子の表情が徐々に明るくなる。
「行こ!」
と田中さんは言い、2人で街中を歩いて行った。
2人は街中を歩きながら、わきあいあいと話をしている。ふたりともとても楽しそうだ。
こっちの店に入っては、2人でワイワイ。あっちの店に入っては2人でワイワイ。
「あっそうだ。聞こう聞こうと思ってたんだけど」
田中さんが思い出したかのように言った。
「な〜に?」
鬼子はとても楽しい気分になっていた為、軽くそう返事をする。
「鬼子ちゃんはいつも頭に角、着けてるの?昨日も着けてたし」と。
鬼子は【ドキッ】とした。
「つ・・角だなんて・・・。違いますよ〜。アクセサリー付きとんがり付きカチュウシャですよ〜。ホホホ〜・・・」
鬼子は口に手をあて、苦し紛れにそう言った。
「そう。変わったカチュウシャね。あっそれから」
と田中さんが言うのと同時に、鬼子は身構えた。
また、何か疑いの言葉をかけられると思ったのだろう。
「な・・何ですか?」
鬼子はビクビクしながら聞いた。
「鬼子ちゃん。私に敬語なんて使わないでね。お友達なんだから」
その言葉を聞いた鬼子の表情がみるみる笑顔へと変わっていく。そして感激し【ダァー】っと涙を流している。
「わ、解った。優しいね、田中さんは」
「そのサンもいらないわ。私は鬼子ちゃんって下の名前で呼んでるから鬼子ちゃんもそうしてくれる?」
田中さんのその提案に、鬼子はとても驚き、感激してしまった。
鬼子は恐る恐る呼んでみた。
「・・・みことチャン・・・」
「はぃ!」
っととても澄んだ笑顔を田中さんは見せてくれた。
鬼子はその田中さんのやさしい気遣いに・・・泣いていた・・・。
田中さんは鬼子が良く泣く子だな〜っと思ってるに違いない。
「さぁ、点灯するぞ〜!」
誰かが何処かで叫んだ。
2人は、顔を上げ街中を見つめる。
すると2人の目の前に、小さな光が街を包むように沢山光輝きだした。
そして、クリスマスの音楽が何処からともなく流れて来た。
「おおぉ〜」
と街中がどよめく。
二人の目には、共有できる綺麗な光が目の前に広がっていた。
鬼子は両手を胸の前で握り、ドキドキしている。
「わぁ〜・・・綺麗。とても綺麗」
鬼子は何もかも全て忘れてその光景を見ていた。
「綺麗ね〜。鬼子ちゃんほら、街のずっと向こうまで続いてるわ」
みことが指を刺しながらそう言った。
その光は、神社近くの街まで続いていた。とても長くてとても綺麗な光が。
そして、街全体を覆う光は大きな大きなクリスマスツリーの様にも見える。
「うっわぁ〜、ほんと綺麗。闇世ではこんな事絶対ないもん」
思わず鬼子は口走ってしまった。
みことは、首をかしげながら
「闇世ってな〜にぃ?」
と、もちろん鬼子に聞く。
鬼子は我に返り、【バッ】っと口を塞いだ。
「え・・えぇ?闇世って言ってないよ・・。何かの聞き違いよ〜・・・」
「そ、そう?何かそう聞こえちゃって」
みことは首をかしげている。
「ホ、ホホホ〜。それよりあっち、行ってみよ!」
鬼子は慌てて話を変えた。
2人は服を売っているお店に入って行った。鬼子はみことに言う。
「わ、私あまりお金持ってないからどうしよう・・・」
するとみことは鬼子に小声で言った。
「買わなくていいのよ。着るだけ着て、楽しんじゃえば!」
みことはウインクしながらそう言った。
鬼子の目が輝く。それもそのはず、闇世で売っている服と言えば、着物がほとんど。
それ以外は袴や甲冑。武器、防具。またそれに付随する物ばかり。
鬼子は、もちろん着物は大好きだ。しかし目に入ってくる服が綺麗で可愛くて・・・。
2人は、店の中に有る洋服をキャッキャキャッキャ言いながらグルグル回り、見て回った。
「キャー、可愛い服ばかり。こんなの鬼子ちゃん似合うんじゃない?」
みことは、手に取った洋服を鬼子に見せた。
その洋服は、上は白色で少し短いジャケット風の服。首元にはファーが付いている。
下はピンク色でフリルの付いた、丈の短いワンピースだ。
「わっああ〜、それとても可愛いね」
鬼子が目を輝かせながら近寄って来た。
「鬼子ちゃん、着てみなよ!」
みことは鬼子に服をあてがいながらそう言った。
鬼子はこんな事初めてだ。
「え・・わ、私が?いいのかなぁ」
「いい、いい。皆着てるし」
みことは可愛らしく小声でそう言った。
「・・・じゃぁ・・着てみよっかな・・・」
鬼子も徐々にその気になってきたみたいだ。
「あっ、でも鬼子ちゃん。着物一人で着る事できるの?私着付けとか出来ないよ」
みことは、自分から言い出した事だが、少し心配になっていた。
鬼子は笑顔で答える。
「うん。生まれてから毎日着物だからもう馴れてるよ!」
それから2人は、色んな服を着ては、お互いに褒め合っていた。
時期的にクリスマスシーズンなので、クリスマス衣装もある。
その衣装を交互に着て、まるで小さな子供の用にはしゃいでいた。
はしゃぎすぎて少し疲れた二人は、近くのお洒落なケーキ屋さんに入っていた。
みことが舌を【ペロン】と出しながら言う。
「ここのケーキ、とっても美味しいのよ〜」
「えっ、ほんと?ほんと?どんなケーキが美味しいの?」
鬼子は早口でみことに聞いている。
「鬼子ちゃん、このメニューみて決めたらいいわ」
と、ケーキが沢山載っているメニューを見せてくれた。
「わっあぁ〜すご〜いぃ。美味しそうなケーキが沢山載ってるね〜」
鬼子の目はキラキラしている。そして・・・ヨダレが少し・・・。
「どれ?みことチャンはどれが一番好き?」
鬼子は、みことに聞きながら目を回している。メニューの端から端までグルグル見ていたのだろう。
「私はね〜」
と、みことは真ん中あたりのケーキを指差した。お気に入りのケーキがあるのだ。
「じゃぁ私もそれにする。みことチャンと同じケーキで」
鬼子は、あまりのケーキの多さに自分で決められなかったのだ。
注文してから少し時間が経つと、美味しそうなケーキと暖かい紅茶が2人の前に出てきた。
「これ・・・もう食べていいんだよね?いいんだよね??」
鬼子はヨダレを流しながら、みことに念を押し聞いていた。
みことは鬼子の表情を見て、苦笑いしながら言った。
「いいわよ、食べて。鬼子ちゃんこのケーキ本当に美味しいよ」
その声を聞いた鬼子は、フォークを持ち、ケーキの真ん中に【グサッ】と刺した。
「え?」
みことのその声と同時に、鬼子のケーキがそのままの形で口の中に・・・。【ガブゥ】
【モグモグモグ・・・】と頬を目一杯膨らませながらケーキを食べてしまった。
みことは、「・・・・・・・・・・」
その光景を見ながら声が出ない。鬼子の可愛い顔に似合わずの食べっぷりに驚いてるのだ。
【ゴックン】鬼子は一口でケーキを食べきってしまった。
「あぁ〜本当〜。本当に美味しかったわ〜」
鬼子は、みことの表情とは正反対の満面の笑顔である。
「ハハ・・・ハハハハ・・・。鬼子ちゃん。そうとうお腹が空いてたのかな・・」
と、みことはつぶやく様に言った。
とても楽しく遊んだ二人は、待ち合わせした金色のビルの前にいる。
そろそろお別れの時間。しかし、2人ともすごくいい笑顔だ。
「今日は本当に有難う。また遊ぼうね!みことチャン」
鬼子は元気良くそう言った。
「うん。必ずね!鬼子ちゃん。それと・・・鶏君もね」
みことはそう言って、大きく手を振りながら笑顔で帰って行った。
鬼子は・・・大きく手を振りながら、目が白くなっている・・・・・。
暗く、寂しくなった山間を、鬼子は駆け抜けている。手には薙刀。その先にヒワイドリが突き刺さっていた。
ヒワイドリは白目を向き、口から泡を吹いている。鬼子にそうとうキツク怒られたのだろう。
「ただいま〜!」
鬼子は大きな声で言った。縁側近くには車が止まっている。
「あっ、鬼子ちゃん。狐火様が呼んでるよ」
舞子はそう鬼子に言った。
「そう!?ありがと、舞子さん」
「今日はとても楽しかったみたいね!」
舞子は鬼子の笑顔を見てそう思ったのだ。
「そ、そうなんですよ〜。私ね・・・」
と鬼子は舞子に話しかけていて、狐火様の所に行こうとしなかった。
と言うより、舞子の言葉を忘れているようだ。
舞子は鬼子の話を聞きながら、鬼子の背中に手をやり、狐火様が居る方へ押していった。
「それでね、それでね」
鬼子は話が止まらない。それくらいとても楽しかったのだろう。
舞子はやっとの思いで、鬼子を狐火様の所に連れて行った。
部屋に入ると、きび爺、きび婆の前に男の人が一人座っている。縁側近くに止まっていた車の持ち主だ。
鬼子はその男性に気付き、角を手で軽く隠しながら、アクセサリーを付け、チョコンと頭を下げた。
「やっと帰って来たか。どうじゃ?楽しかったかぃ?」
きび爺は鬼子に優しく聞いた。
鬼子の顔が笑顔に戻る。
「うん。とても楽しかったよ。ありがときび爺、きび婆。あのね」
鬼子は話を続けようとした。するときび爺は、「あぁ、その話しは後で聞くよ。それよりここへ座るんじゃ」
と少しそっけない感じ。
「は・・はぃ」
鬼子は下唇を出しながらその場に座った。
「君が、鬼子ちゃんだね!」
見知らぬその男性が言う。
「は・・はぃ。そうです・・・」
鬼子はきび爺の方に目をやりながらそう返事した。鬼子は「はぃ」と返事してもいいものか、きび爺に確認したかったのだ。きび爺は軽くうなづいている。
その男性が話しだした。
「私は、この辺りを巡回している刑事で、あっ刑事ってのはね、悪い人を捕まえて、街の安全、市民の安全を守る人の事だよ。その私がここへ来たのは・・・」
その刑事の人は、言葉を止めて頭をかきながら何故か苦笑いしている。
それもそのはずで、鬼子がきび婆の後ろに隠れて【何か悪い事したのかな・・・】とドキドキしていたからだ。
「あぁ、ごめんごめん。この話から言うべきだったね」
「私は光の世、闇世の事は知ってるよ。人間の民、力を持つ民の事も。狐火様から聞いてるからね」
その刑事はそう言った。
「え・・・。そ・・・そうだったんですか・・・。ビックリしちゃった・・・」
「うん。それでね鬼子ちゃん。鬼子ちゃんが昨日散らした輩について狐火様から呼ばれて、ここへ来たんだよ」
「え・・・きび爺が?」
鬼子はきび爺の方に目をやった。
「そうじゃ。昔から刑事さんの中には、ワシらの事を知っている者がいる。知っていると言うか、色々あって、こちらから教えたんじゃがな」
きび爺は腕を組みながらそう言った。
「昔からちょくちょく行方不明者が出ていてね、こうやってお互いに情報交換をしてるんだよ」
その刑事は困った顔をしている。
「それで・・・、昨日鬼子ちゃんが散らした子の事について聞いてたんだ」
その刑事は、持っていた鞄の中から、鬼子が持ち帰った赤い小さなお守りを出した。
「あっそれは・・・」
鬼子は少し焦りながらそう言った。
「ワシが渡したんじゃ」
きび婆が鬼子の肩に手を沿えながら言った。
「鬼子ちゃんが帰って来てから中を空けようと思って、これはそのままにしてるよ。先に鬼子ちゃんが散らした時の状況を聞かせてくれるかな?」
その刑事は優しく鬼子に言った。
「は・・ハィ」
鬼子はその時の状況を、言葉を詰まらせながら伝えた。悲しさを思い出しているのだろう。
「そっか・・。そういう事があったのか。それに、その子の心はそんな事を叫んでいたのか・・・」
「辛かったね、鬼子ちゃん」
その刑事は悲しそうな顔をしていた。
「じゃぁこのお守りの中を空けてみるね」
刑事は手に白い手袋を着ける。
中から出てきた物は、小さな小さな狐の形をした置物。それとクシャクシャに丸められた紙が入っていた。
この小さな狐の置物は、元々お守りの中に入れられていた物だろう。
もう一つ、小さく丸められた紙をそっと広げてみた。広げてみると20cm四方になった。
その紙の中に小さな文字が沢山書かれていた。文章の出だしの言葉は・・・
「ごめんね、お母さん」だった。
その刑事はそこに書かれている文章を一通り頭の中で読んだ。
「・・・話せる内容だから読んでみるね」
刑事は、その紙を少しの間見つめていた。そして・・・
「ごめんね、お母さん。ボクは弱虫で泣き虫でいつも皆からいじめられてて。そんなボクを見て、お母さんはいつも元気付けてくれたね。お母さんの言うとおり、強くなろうと思ったんだけど、無理だったんだ。でもお母さんはいつも私のせいだ、私のせいだと自分を責めてたね。それは違うよ。ボクが悪いんだから。ボクが弱いんだから。いつも夫婦げんかしてるね。ボクが原因で。ごめんね。お父さん、お母さん。ボクがお父さんからたたかれるのは、ボクが悪い事をしているからだと思うんだ。だからお母さん、お父さんとケンカしないでね。別れるってボク知ってるよ。でもボクはお父さんもお母さんも大好きなんだ。とっても大好きなんだ。だから別れないでほしい。別れてほしく無い」
「鬼子ちゃんの話しとまとめて解釈すると、彼は・・・友達から虐められてて、父親から虐待を受けてて、そして離婚をむかえる・・・。そんな原因を作ったのは全て自分だと・・・深く深く思っていたのかもしれない。そして・・・心の光を何処かに落としてしまったんだね」
と刑事はやり切れない表情を浮かべていた。
「その時に、悪しき輩に捕り付かれてしまったんじゃろう」
きび爺は目を閉じ、深く溜め息をつきながらそう言った。
刑事がお守りを見つめながら言う。
「名前が何処にも書いてないから、特定するのは非常に難しい。親御さんの心配は・・永遠に続くんだろう。そして、この子も・・・親元には帰れないかもしれない」
「鬼子ちゃん。このお守り大事に持っててくれて有難う」
そう言って、その刑事は帰って行った。
鬼子は暗くなった縁側に一人腰掛けていた。横にヒワイドリがいるが。
「おぉ、こんな寒い中、よく縁側に座る事が出来るなぁ」
喜多さんが何処からともなくそう声をかけてきた。
「若いのはチンチン代謝がえぇから寒くないのかのう。フフオッフォッフォ」
鬼子は言葉が出ない。と言うか、反応出来ない内容だ・・・。
「それを言うなら新陳代謝だろ。エロジジィ」
と、ヒワイドリが喜多さんを突きながら言った。
「エロジジィとは何じゃ、エロジジィとは。これでもまだお前には負けぬ速さで動けるぞ!」
喜多さんとヒワイドリは2人でクネクネと、体が動く早さを競っている。
鬼子はその姿を見て【プッ】っと噴き出した。
「そう言えば、今日、お友達と遊びにいってたんじゃろ?どうじゃった?」
喜多さんは鬼子に笑顔で聞いた。落ち込んでいるのが解ってたのだ。
「あっそうそう聞いてよ、喜多さん・・・」
と、とても長い話が始まった。
ヒワイドリは少し離れた所で暖かそうなお茶を一人飲んでいる。
長い鬼子の話しに、喜多さんは縁側でカチンコチンに固まっていた。
喜多さんは、話しかけなければ良かった・・・と今さらながら後悔している。
「それでね、それでね。喜多さん聞いてる?」
●「日本鬼子・ひのもとおにこ」〜第六章〜【小日本(こにぽん)】
寒牡丹(かんぼたん)咲く寒空の下、新年を迎えた大勢の初詣客が鬼狐神社へと足を運んでいる。
この神社では、厄除け、初宮詣、無病息災、交通安全、合格祈願、家内安全、御千度、商売繁盛、安産祈願、良縁、縁むすび、身体健康、災難除、誕生祭などなど数多くの祈祷、祈願を扱っており、とても名高い神社なのだ。そういう方向に持っていったのが先代の狐火様で、今現在、きび爺がそれを引き継いでいる。神社の境内には色んな出店が並び、それは多くの人達で賑わっている。鬼狐神社ではパート、アルバイトを多数雇い、お客様に御奉仕していた。
もちろん、きび爺、きび婆、弥次、喜多、織田、秀吉、舞子、鬼子も皆慌しく走りまわっている。
昼頃、鬼子はアルバイトの巫女さんと並び、お守りなどをいそいそと売っていた。
そのお守りの傍らに、角突きヒワイドリアクセ付きカチュウシャも並んでいる・・・。
このお守りは、災難避けになるとか・・・。
「鬼子ちゃーん!」
そう声を掛けてきたのは田中みことである。
鬼子がお守りを売っている初詣客の列の中ごろに、田中みことの姿があった。
みことは鬼子に向かって笑顔で手を振っている。その後ろで、みことのご両親が鬼子に頭を下げ挨拶をしていた。
鬼子はその姿を見て笑顔になり、お守り売り場から【バッ】と飛び出し、みことの前まで素早く飛んで来た。
売り場客はその鬼子の姿を見て、皆一様に「おぉ〜」っと驚いた声を出している。
「みことちゃん!来てくれてありがと〜」
鬼子は辛い仕事から解き放たれた様な笑顔で、みことの手を取りそう言った。
「鬼子ちゃん居るかな〜って思って探してたの。人が多いからとても大変だったわ」
みことは苦笑いしながらそう言い、そして手を両親2人に向けた。
「私のお父さんとお母さんも連れてきたわ」
みことの両親がまた頭をちょこんと下げた。
「明けましておめでとう御座います。あなたが鬼子さんですか。みことと友達になってくれたそうで、本当に有難う御座います。これからもお友達でいてやって下さいね」
みことのお母さんは優しい笑顔でそう言った。
鬼子は照れながら言う。年始の挨拶を忘れていたからだ。
「あ、明けましておめでとう御座います。わ、私の方こそ宜しくお願いします。
みことチャンには色々教えてもらってばかりで」
「鬼子ちゃん、鬼子ちゃん」
と、みことは少し焦りながら鬼子を呼んだ。
「ん?何?」
「お守りを買う皆さんが待ってるよ・・・」
振り向いた鬼子の目に映った光景は、初詣客の無言の怒りの目・・・。
「あっ」
鬼子は売り場に飛んで戻り、頭を下げて謝っている。
その光景を見て、みこととその両親は苦笑いしていた。
あっそうそう、ヒワイドリは・・・部屋の中で寝そべり、年始のお笑い番組を見て笑いながらくつろいでいる。
神社から遠く離れた険しい山間に、何か動く物がある。ソレが草むらから這い出て来た。
ソレの姿は、目が大きくそしてその目が出っ張り、腕は鋭い鎌の様になっている。
その姿は間違いなく悪しき輩で、初期段階ではなさそうだ。
その悪しき輩は、辺りの匂いを嗅ぎ方向を見定めている。
その動きが【ピタッ】っと止まった。そしてジッと見つめる。
その方向とは・・・鬼狐神社の方である。
悪しき輩は、神社の方に向かってユックリと歩き出した。
初詣客の足が途絶えない夕方頃、神社の方では未だに皆がバタバタ動き回っている。
さすがに朝より詣で客は少ないが、それでも境内はまだまだ賑わっていた。
朝同様、沢山のアルバイトの巫女さんがお守りを売っている。
その中に田中みことの姿もあった。
実は昼頃みことが神社に初詣に来た時、人手が少ないときび婆から頼まれたみたいだ。
もちろんみことは快く引き受けてくれて今の現状がある。
そして夕方過ぎ、表は織田と秀吉、舞子、そしてアルバイトの巫女さんに任せてきび爺、きび婆、鬼子、弥次、喜多、みことの六人は客間で少しくつろいでいた。
テーブルの端の方で弥次さんと喜多さんが笑いながら話をしている。
「今年も一年、良い投資して行かなきゃいけんのぅ!ガハハハハ〜」
と、弥次が周りの空気も読まず言葉を発している。
「それを言うなら“良い年に”じゃろヒャッハッハッハ」
喜多はそれに突っ込みを入れる。
こんな繰り返しが一年中続いているので、皆は反応していない。
唯一、この雰囲気に馴れていない田中みことだけが苦笑いしていた。
きび婆がミカンの皮をむきながらみことに言った。
「本当にありがとね。急に押し付けてしまった様になってしまって」
みことは小さく手を振りながらきび婆に返事した。
「いえいえ、初詣以外暇だったんでちょうどよかったですよ。気にしないで下さい」
「それに私の両親も、このお手伝いの申し出に喜んでましたから」
きび婆は指で頬を掻き、苦笑いしていた。
「いぃ子じゃのうみことチャンは。本当に鬼子と友達になってくれて有難うね」
その言葉を聞いたみことはちょこんと頭を下げる。
そんなやり取りを聞いていた鬼子は、ずっと、ずっと笑顔だった。
きび爺も【うんうん】とうなずいてばかりいた。
みことが鬼子の方に少し近づき、何やら話をしている。
「ねぇ鬼子ちゃん。弥次さん喜多さんっていつもあんななの?」
みことは面白い人達ねと言う言葉を含めたつもりで言ったが、その心は伝わっていなかった。
鬼子は、きび婆からみことの事を褒められて有頂天になっていた。
「そうなのよ。あのヒワイドリとは気が合うみたいなんだけどね」
・・・鬼子は何も考えずその言葉を言ってしまった。
みことはキョトンとしている。
「ヒワイドリってなぁ〜に?」
みことのその言葉に、きび爺、きび婆、鬼子は凍りつく。
弥次と喜多はみことに背を向けたままボケたふり・・・。
部屋の空気が凍りついている。
「ねぇヒワイドリって」
とみことが続けて言葉を発した時、ふすまが【バッ】っと開いた。
「おいらの事呼んだか?」
みことが声のする方を振り向くと鶏がいる・・・見た事の有る鶏・・・。
「なぁなぁ、おいらの事呼んだだろ?」
みことの目には、喋る鶏の姿が・・・。
「キャアアアアアアアァァァァァァァァァァ」
みことが叫ぶと同時に、きび婆、きび爺、鬼子はヒワイドリに飛び掛り、何とかみことの目線から隠そう、遠ざけようと焦っている。
ヒワイドリは皆の腕の間から顔を出し、そしてみことに指差しながら言った。
「もう・・・遅いんじゃない・・?」
「キャアアアアアアアァァァァァァァァァァ」
みことは再び悲鳴を上げる。
「こ、これは機械仕掛けで動いとる鶏で・・・」
きび爺が冷や汗を流しながらそう言った。
「そ、そうそう。電池で動いてるんじゃよ・・・」
きび婆もきび爺の言葉に釣られそう言った。
鬼子は呆然としている。鬼子の頭の中には、
【あぁ・・・バレちゃった・・友達が居なくなる・・・】
と言う言葉がコダマしている。
弥次さん喜多さんは・・・部屋の片隅でボケている。
そんな状況の中、この部屋の中に何かが不意に飛び込んで来た。【ドガッ】
そして言葉を発する。
「狐火様。何かあったのですか?」
その言葉を発したのは・・・白くて大きな狗(いぬ)だった。
「あぁ〜ハッちゃん!(八太郎)何でここに居るの?」
と鬼子はビックリした様子。
「あ!鬼子ねぇちゃん。久しぶり〜。もちろんこにぽん(小日本)の護衛だよ」
その大きな白い狗は普通にそう答えた。
「えぇ?こにぽんが来てるの?」
鬼子はビックリした様子でその白い狗と話をしている。
「そっかぁ、こにぽんもこっちに来たんだ!と言う事は狐様の了解出たのね!」
「でも、こに(小日本)、居ないけど・・・」
鬼子は完全にみことの事を忘れている・・・。
「あぁ、台所で綺麗なお姉ちゃんにオニギリ作ってもらってるよ。あのお姉ちゃん、おいらの姿見ても驚いてなかったなぁ」
その白い狗、ハチ太郎はそう言って部屋の匂いをクンクンと嗅いでいる。
そしてハチ太郎の目線が、きび爺、きび婆が取り押さえてるヒワイドリに行った。
「・・・ん?そいつ・・輩じゃねぇ〜か!?」
ハチ太郎が口走る。
きび爺ときび婆は目を見開いて、首を振っている。こいつの事に触れるなと言いたげな顔で。
また、お前も喋るなと心で訴えてた・・・。しかし、その訴えは通じない・・・。
ハチ太郎がヒワイドリに近づく。
「おいらは輩じゃね〜よ。鶏の民だ。犬っころ!」
ヒワイドリがハチ太郎に言葉で噛み付いている。
その言葉を聞いたハチ太郎はジリジリとヒワイドリに近づく。
【クンクン】匂いを嗅ぎながら
「んん〜??かすかに輩の匂いがするんだけどなぁ・・・狐火様、こいつ輩じゃないの?」
ハチ太郎の純粋な心の言葉だ。
「ち、違う違う。こやつは機械仕掛けの・・・」
しかし、そのきび爺の言葉が虚しく空を舞う・・・。
ヒワイドリとハチ太郎が大声で言い合いを始めた。
その光景を、弥次、喜多は【あ〜ぁ】と言わんばかりに首を振りながら見ていたが、みことは・・・口をあんぐり開け、目を見開いたまままったく動けなかった。
そこへ、大声を出しながら少女が飛び込んで来た。
「あぁ〜ネネ様〜。会いたかったよ〜」
鬼子にそう言いながら抱きついて来たのは、頭に小さな角を生やし、黒髪のおかっぱ頭。
そして白い帽子みたいな物を被っている。そして短い桃色の着物をまとい、背中には背丈ほどある日本刀を背負っている少女、そして手にはオニギリ。
その少女の名は、こにぽんと言う。
「こに〜やっとこっちへ来る事出来たのね!よかったぁ〜、心配してたのよ」
と、鬼子は懐かしそうにこにぽんをギュッと抱きしめた。
「鬼子ちゃん、元気にしてた?」
と、言葉をかけてきたのはこにぽんが被っていた猫の様な形の帽子だった。
「あぁ〜般ニャーも来る事出来たんだ!良かったわねぇ〜」
鬼子は闇世で、心を許せるいつものメンバーに、すごくいい表情をしている。
「そらそうよ。あたいもこにぽんの守護だからね」
白い帽子の般ニャーはそう言い、皆と懐かしそうに笑っていた。
ヒワイドリとハチ太郎はまだいい合いをしている。
「鬼子ちゃん、みことチャンの事忘れとりゃせんかぃ?」
と、弥次さんが空を切る言葉を発した。
「あ・・・・・」
鬼子はみことの方へ目線をやる。
みことは・・・頭から煙が出ている・・。白目を向き口をあんぐりと開け、座りながら呆然としていた。
「にわとり・・・喋る・・犬・・・喋る・・帽子・・・喋る・・・ハ・・ハハハ・・・」
「みことチャン・・みことチャン?・・」
鬼子は呆然としていたみことの肩を揺すりそう言ったが、みことから返事はなかった。
それから一時間くらい経った頃、みことは目を覚ました。と言うかやっと正気にもどったのだ。
みことの横には鬼子ときび爺、きび婆だけ。きび爺が恐る恐るいきさつを話し始めた。
みことはきび爺の言葉を理解できているのかそうでないのか・・・。
「そうですか」と「ハハハ・・・」と言う言葉しか出て来なかった。
全てを聞いたみことは、「ハハハ・・・またね・・・」と言いながら、自宅へと帰って行った。
鬼子は心配そうな表情をしている。友達を無くしてしまうんではと言う思いと、ふいに怖がらせてしまったと言う罪悪感・・・。
鬼子は神社の門の所でボーっと階段を眺めていた。
もともときび婆からこんな話を鬼子は聞かされていた。
【みことチャンと仲良くなればなるほど、鬼子自身の事を言わなくちゃいけない時期、状態になるじゃろぅ。
そんときは覚悟しといた方がえぇ】と。
今回、急にそう言う状況になってしまったが、遅かれ早かれみことには伝えないと、と言う思いでいた。人間の民との心の通じる交流をしたい時、これは致し方ない事なのである。
鬼子の心に迷いは無かったが、寂しい思いが立ち込めているのも確かだ。
鬼子ときび爺、きび婆が客間に戻ると、鬼子達の心配事とは裏腹に、客間はドンチャン騒ぎ状態で、皆が嬉しそうに話をしている。
鬼子が客間に入ると、すぐこにぽんが飛んで来た。
「ネネ様、ネネ様、聞いてくれる?」
こにぽんは光の世に行ってしまった鬼子と別れて寂しかったらしく、膝上にチョコンと座りながら闇世での出来事を楽しく鬼子に話している。
鬼子はそのこにぽんの話をとても優しい表情で聞いていた。
般ニャーが何かに気付く。
「ん?なんか嫌な気配がするねぇ」
その言葉を聞いた鬼子は袂から何かを取り出し、言った。
「これでしょ!般若面」
そう言い、鬼子が般若面を自分の頭の方に【ポンッ】と軽く投げた。
すると、般若面に付いているヒモが勝手に鬼子の頭にシュルシュルと巻きついた。
般若面は【ジロリ】と般ニャーの方を見ている。
その般若面を見た般ニャーは眉間にシワを寄せながら言う。
「ゲゲ・・。やっぱりお前さんも来てたのか。あ〜やだやだ」
般若面はその般ニャーの言葉を聞きつぶやいた。
「シワ、増えるぞ」
般若面と般ニャーは鬼子、こにぽんのお互いの頭の上で睨み合っている。
その部屋の傍らでは、ヒワイドリの周りをグルグル回っているハチ太郎。
ハチ太郎は、ヒワイドリの事がどうも気に入らないらしく、にらみつけていた。
ふと、ハチ太郎が顔を上げる。
座っていたきび爺がそれに気付く。そしてきび爺は、膝に手を付いた。
何かを感じているのだ。
きび爺は、弥次さんと喜多さんに目で合図を送る。
その合図に合わせる様に、弥次さんと喜多さんは部屋を出て行った。
鬼子は2人が出て行った事は知っていたがその理由は解らなかった。
客足が少なくなり始めた夜、きび爺が少しソワソワしている。
「遅いなぁ・・・もう帰って来てもおかしくないんじゃが・・・」
きび爺がつぶやく。きび爺が心配しているのは弥次さんと喜多さんの事。
「ちょっと見てくる」
と、ハチ太郎がきび爺に言い、部屋を出て行った。
ハチ太郎は解っていたのだ。悪しき輩の匂い、気配がした事。それに感づいたきび爺が弥次さん喜多さんに様子を探るように指示を出した事。
何故あんなお爺さん達に、行かせたのかが理解出来なかったが。
「どうしたの?きび爺」
と鬼子が声を掛けてきた。
「んん〜・・・実はな、皆が騒いどる時にちょっと嫌な予感がしてのう。弥次さんと喜多さんに様子を見てくる様に言ったんじゃが、まだ帰ってこんのじゃよ・・・」
「きび爺・・その嫌な予感ってもしかして・・・」
鬼子は心の動揺を隠し切れなかった。
「私行ってくる」
「待て、待つんじゃ。闇雲に走ってもこんな暗い中、見つかるもんじゃない。ハチ太郎の声を待つんじゃ」
きび爺はそう言い、その場に座り込んだ。
鬼子は・・・胸に手を当て、【無事でいて】と強く念じている。
そんな姿を見ていたこにぽんは鬼子の手をギュッと握り締めた。
「ネネ様、大丈夫?とても苦しそう・・・」
こにぽんは小さいながら、鬼子が狐様から命じられた使命をしっかり理解している。
そして10分後、どこかの山間から【ワオーン】と言う犬の遠吠えが聞こえてきた。
ハチ太郎の声だ。
客間に居てる皆が一斉に立ち上がる。
「行ってくる。こにぽんは待っててね」
と鬼子は言うのと同時に、部屋を飛び出して行った。
「大丈夫かなぁ・・・ネネ様・・・」
こにぽんは寂しそうな顔をしながらそう言った。
こにぽんもハチ太郎の声で、悪しき輩が出たと言うのは解っているみたいだ。
「大丈夫よ。鬼子ちゃんは強い子なんだから」
と、般ニャーはこにぽんに優しく言った。
鬼子の背中にはいつも通りヒワイドリが勝手にくっ付いている。
鬼子は飛ぶように山を駆け抜けていく。すると、【ワン】と言うハチ太郎の声がした。その声のする所に降りていくと・・・
弥次さんが口から血を流し、肩を揺らしながら身構えている。
そしてその横で、喜多さんは片膝を付き腰を抑えながら、【ゼェゼェ】と呼吸をしていた。その2人の前には険しい目をしたハチ太郎がいる。
「弥次さん、喜多さん」
鬼子は2人の側に付いた。
「ど、どうしたの?大丈夫ですか?」
鬼子の目が赤くなっていく。2人の老人をこんな目に合わせた輩に怒りを感じているのだ。
喜多さんが笑いながらポツリと言う。
「最近運動不足でな、ぶそく(不測)の事態に体がついてこなんだわぃ。フオッフォッフォ」
すると弥次さんが、
「そんなトンチの効かん話はきかん(聞かん)でえぇからな、鬼子ちゃん。フオッフォッフォッフォ」
鬼子の焦りをよそに、この2人は何故か余裕の駄洒落・・・。
「な・・・何言ってるんですか。二人とも怪我をしてるのに」
鬼子は少し怒った様子だ。当然だろう。
当の2人の老人が血を流し、ゼエゼエ言いながら身構えてるのに、笑いながら駄洒落を言っているのだから。
「鬼子ねぇちゃん」
そうハチ太郎が言った。
鬼子はハチ太郎の視線の先に目をやる。
すると草むらがガサガサと揺れた。
ハチ太郎が鬼子に言う。
「あの輩、強いよ」
「うん。気配で解るわ。完全な悪しき輩って事ね」
鬼子はそう言いながら般若面から薙刀を取り出した。
その瞬間、【シュッ】悪しき輩が草むらから飛び出し、鬼子達めがけて飛んで来た。
すかさず鬼子は薙刀で応戦する。【キーン】薙刀が輩の爪を弾き飛ばした音が響く。
その悪しき輩は反対側の草むらへと隠れて行った。
「は・・・早い」
鬼子はかなりビックリした様子だ。
「鬼子ねぇちゃん。何で、こんな輩が光の世にいるんだ?これじゃぁ闇世に出てくる輩と同じじゃないか。奴の匂いからすると、最初昆虫だったんだろう。それに輩が取り付き、色んな物を吸収していって今の姿になってる様だよ」
ハチ太郎は、輩が潜む草むらの方を睨みながらそう言った。
鬼子は唇を噛締めながら言う。
「うん。でもまだ解らないの・・・」
弥次さんが口から流れる血を拭き取りながら言った。
「へぇ〜こんな強い輩が、闇世にはうじゃうじゃしとるのかぃ。少しは気合入れんとのぅ。喜多さんや」
すると喜多さんも腰をグリグリと揉みながら立ち上がり、首を左右に振りながら言った。
「そうじゃのう。久しぶりに気合い入れるかのう弥次さんや」
そんな2人の掛け合いにモジモジしながら鬼子は言った。
「弥次さん、喜多さん。そんな悠長な事言ってる場合じゃ・・・」
その言葉が終わると同時に、輩が不意に飛び掛って来た。
ハチ太郎は斜め前へ逃げ、鬼子は後ろへ真っ直ぐ地面すれすれに飛ぶ。
鬼子が後ろへ飛び跳ねたのは、輩との距離を測りやすくし、そのスピードを目で追いやすくする為だ。
弥次さんと喜多さんは・・・・・鬼子が後ろへ飛ぶより素早く真上へ高く飛び上がっていた。
鬼子の目には2人の姿も見えている。人間業には見えない2人の姿にかなり驚いている様子だ。
そして、2人は素早く懐に手を入れ、鎖のような物を輩めがけて投げつけた。
【ガツン】とても素早い動きの輩が、その鎖の先に着いた鉛で地面に叩きつけられる。
「今じゃぃ、鬼子ちゃん」
弥次さんの大きな声が飛んで来た。
鬼子の目がさらに赤くなる。そして着物からは、もみじが舞っていた。
「神代に属するは闇、授けるは虚無」
口早に唱え、薙刀に念を送ると薙刀が光輝きだした。そして、振りかざしながらその輩へと。
「萌え散れ!」
鬼子は叫んだ。
【ザシュッ】鬼子の薙刀が輩を切り裂く。
【ギュィィィィ】と言う輩の叫びとともに、少しずつちりと成っていき、もみじと共に風に吹かれて消えていった。
鬼子とハチ太郎は、弥次さん、喜多さんの方を見て驚いている。
真っ暗な山間を駆け抜ける鬼子とハチ太郎。
そのハチ太郎の背中には、弥次さんと喜多さんが乗っていた。
弥次さんが笑いながら言う。
「おぉ〜このワンちゃん。力が強いのぅ。ワシら2人乗せて飛んで走るとは。
さっきは助けてくれてありがとな」
弥次さんも喜多さんも、始めてみた闇世の犬の力に関心があるみたいだ。
「じっちゃん達もすげえな!人間の民があんな事出来るなんて」
ハチ太郎は心底関心していた。
しかし、鬼子は不機嫌そうだ。
「鬼子ちゃん。どうしたんじゃ?さっきから黙り込んじゃって」
喜多さんが腰をさすりながらそう言った。
「・・・・・だって・・。すごく心配したんだもの・・・。輩に・・・」
鬼子は不安そうな表情でそう言った。
「鬼子ちゃん。忍者ってしっとるかぃ?」
弥次さんがそう言った。
すると、ハチ太郎が目を輝かせながら言った。
「忍者?えぇ〜!?じっちゃん達、忍者なの?おいら聞いた事あるよ。忍者って隠密行動する人達の事だろ?」
「おぉ〜良く知っとるな、ワンちゃん。そうじゃ。もう隠居の身じゃがな」
弥次さんが自慢げにそう言った。
鬼子も少し驚きながらその話しに交わる。
「私も聞いた事があるわ。忍者の事。でも昔の話しじゃないの?」
「フフオッフォッフォッフォッフォ!!!」
弥次さん喜多さんが大声で笑い出した。
「力を持つ民達と同じじゃ。今では忘れ去られてるって方が正しいがな。
ワシは伊賀の陽忍の忍者。陽忍ってのは先頭に立って行動する忍者の事じゃ。
喜多さんは甲賀の陰忍の忍者。陰忍ってのはな、陽忍を後ろから守る忍者の事じゃよ。
昔は中が悪かったらしいが、今は色々交流があってな。意気投合したんじゃよ。
で、隠居生活になってボ〜っとしとる所に狐火様から声を掛けられてな」
2人はなんとも得意げな表情だ。
「そ、そう。でも良かった。本当に心配したんだから・・・」
鬼子はやっと心を落ち着かす事が出来た。
ハチ太郎は興奮している。
「おぉ〜すげえすげえ!陽忍、陰忍ってのがいるのかぁ。ゾクゾクするなぁ」
「ゴメンよ、鬼子ちゃん。助けに来てくれてありがとな」
弥次さんと喜多さんの笑顔を見ていた鬼子は、【ホッ】っと一息つき、神社に戻って行った。
神社へ戻ると、皆が心配そうに待っていた。
「け、怪我をしとるんかぃ、弥次さん喜多さん」
きび婆が駆け寄ってきた。
弥次さんは頭を掻き、笑いながら言った。
「ぃやあまいったまいった。輩さんが早くてのう。準備運動しとらんかったから不意を突かれちまって」
「そっかぁ。しかし、大事に至らんで良かったわぃ。舞子や、怪我の手当てをしとくれな」
と、きび婆は2人を客間に入れた。
それを見ていたこにぽんが弥次さんと喜多さんの近くにやってきた。
こにぽんは、2人が怪我をした部分をジッと見ている。
「お爺ちゃん達、ネネ様(鬼子)のお友達?」
そう言いながら、こにぽんはジッと2人の顔を見ている。
「そうそう、鬼子ちゃんのお友達じゃわぃ。さっき助けてもらったんじゃよ」
弥次さんがそう言うと、二人の顔と怪我をした所を何度も交互に見ていた。
「怪我治すの?じゃぁこにぽんがやったげる〜」
こにぽんは自分の手のひらを2人が怪我をしている所にそっと当てた。
鬼子が思い出す。
「あっそうか。こに(小日本)は治療の神代呪文が使えるんだった!」
きび婆は驚いた様子で言う。
「えぇ!?神代の治療が使えるのかぇ?」
「うん。でも治せるのは軽い怪我くらいだけど」
その鬼子の言葉と同時に、こにぽんの呪文が始まった。
こにぽんの手のひらが少し光りだした。そして、
「神代に属するは光、授けるは癒(いやし)」
小さく光り輝き、2人の怪我がみるみる治っていく。
それを見ていた弥次さんと喜多さんは、「おぉ〜すごいね〜お嬢ちゃん」
と、こにぽんの頭をナデナデしている。
「こにぽんって言うの。こひのもと(小日本)だからこにぽんなの!」
そう言って、こにぽんは2人に笑顔を見せる。
「そっかそっか。こにちゃん。ありがとな。もう全然痛くないわぃ」
と、弥次さんは言い、続けて、「しかしあの時、喜多さんが腰を痛めなかったらワシは怪我しなくてすんだんだけどなぁ」
弥次さんは喜多さんを細めで見ながらそう言った。
すると喜多さんも負けじと言う。
「なにぃ!?弥次さんの動きが悪いから、輩の手からかばおうとして腰を痛めたんじゃないか!」
2人はこにぽんの目の前で言い合いを始めた。
こにぽんが鬼子の側に寄って来る。
「あれ〜お爺ちゃん達、喧嘩してるの?」
鬼子は呆れ顔でこにぽんに言う。
「本当は仲がいいんだけどね」
その鬼子の言葉を聞いたこにぽんは、
「じゃぁ」
と言いながら、また2人に近寄っていき、振袖を振り始めた。
「あっそれは」
と鬼子が止めようとしたと同時に、こにぽんは初めてしまった。
「さくらの花びら恋のもと〜萌え咲け〜」
振袖を振ると、ヒラヒラと2人を桜の花びらが包む。
すると、弥次さん喜多さんの表情が変わる。
「あれ・・?喜多さん腰、大丈夫かぃ?」
「大丈夫じゃ。弥次さんこそ大丈夫かぃ?」
「ほれ!ピンピンしとるぞ!」
と、2人は声を掛け合いながら抱きつき、踊りだしてしまった・・・。
鬼子達は、【やっちゃった・・・】と言わんばかりに後ろを向き、
知らん顔をするしかなかった。
雪が舞い散る寒空の中、綺麗な満月が神社を照らしている。
神社の風呂場からキャッキャ言う大きな声が響いている。こにぽんの声だ。
鬼子とこにぽんが久しぶりに2人でお風呂に入っていた。
「ネネ様〜もう遠くへ行かないでね」
「うん。大丈夫よ。心配かけてごめんね」
2人はとても楽しそうにお風呂で話をしていた。
鬼子はふと風呂場の窓から外をのぞく。
するととても綺麗な満月が鬼子の心を洗う様にそっと見守っていた。
いとしごの
かたをいだきて
ひゃくかぞえ
ゆばのこうしに
はくれいせつが
(こにぽんの 肩を抑えて 百の数字を数えさせる
ふと顔を上げ お風呂場の窓から外を覗くと 真っ白でとても綺麗な 雪と満月が見えます)
BY,詠麻呂 ◆HxC0abXB7c氏から引用。〜茜葉日記 第三拾六章 湯浴ミ歌 〜 ∨1
ふと、鬼子は詩を詠った。
「ネネ様〜それどういう意味?」
「こういう意味よ」
と、鬼子はこにぽんの肩を抑え、百まで数字を数えさせた。
「あついよ〜。もういいでしょ?」
「だ〜め、風邪引いちゃうからもう少し温まるの!」
真っ白な雪が、浅く積もる1月2日の鬼狐神社。今日も初詣客が沢山来ている。
バタバタと朝から走り回る皆の姿とアルバイトの人達。
そんな中、お守りを売る売り場に田中みことの姿があった。
●「日本鬼子・ひのもとおにこ」〜第七章〜【寄り合い所?】
冷たい風が吹き降ろす山間。新年の行事も一通り終り、鬼狐神社はいつもの静けさを取り戻している。
しかし、詣で客はやはりいつもより少し多めか。
いつもなら、こにぽん(小日本)と行動をともにしているハチ太郎(日本狗)が、単独で裏庭の辺りの匂いを【クンクン】嗅いでいた。
そして首をひねっている。
「う〜ん・・・。何か匂うような、匂わないような・・・」
ハチ太郎はその裏庭をグルグルと回り、また止まって辺りを【クンクン】と嗅いでいる。
それが何度も何度も続いていた。
ヒワイドリは鬼子の横に・・・ではなく、神社本堂の屋根の上で一人暖かいお茶を飲んでいた。
そのヒワイドリも何故か周りの匂いを【クンクン】と嗅いでいる。
匂ってはお茶を飲み、飲んでは辺りの匂いを嗅いでいる。そして首をひねっている。
ハチ太郎は遠目で、そのヒワイドリの行動を見ていた。
また、ハチ太郎は首を振る。
「ちがうなぁ〜。ちがうんだよなぁ〜・・・」
と、ハチ太郎は言いながらまた、裏庭をグルグル回っていた。
鬼子と舞子は裏庭の奥にある古井戸に来ている。年末に作ったお餅が無くなった為、綺麗な井戸の水を使い、お餅を作ろうとしているのだ。ちなみにこにぽんも一緒だ。
水道水で作るより、この井戸の水でお餅を作る方がとても美味しく出来上がるのだ。
弥次さんと喜多さんは相変わらず駄洒落を言いながら、ノンビリと本堂の掃除。
織田さんと秀吉は境内でお客様のお相手を。
きび爺ときび婆は囲炉裏に当り、暖を取っている。
そんなノンビリした鬼狐神社。しかしハチ太郎とヒワイドリだけがいつもと様子が違うのだ。
古井戸で水をくみ上げてる鬼子と舞子、それにこにぽん。
「あれ〜、井戸の水が少ないわね・・・」
舞子が、いつもと違う井戸の水かさに首をかしげている。
「おかしいなぁ」
と、舞子は井戸の中を覗くが、水かさが少ない意外は何も変化がなかった。
鬼子も一緒に井戸の中を覗きながら舞子に聞いた。
「いつもなら、どの辺りまで水があるんですか?」
舞子は指をさしながら、鬼子に答えた。
「ほら、あそこの黒くなってる所までいつも水があるんだけど、
今はそれより2mくらい低くなってるわ。こんな事初めてよ」
鬼子は首を伸ばしながら中を覗いているが、原因など解るはずは無い。
「年末は、いつも通りお水があったんだけど・・・」
舞子はそう言いながら、水をくみ上げた。
「ネネ様〜。こっち来て!こっち!」
元気のいいこにぽんの声が、古井戸の奥の林の向こう側から聞こえて来た。
「どこ?どこにいるの〜こにぽん」
と、鬼子と舞子は声のする方へ歩いていく。
古井戸から歩いてほんの10Mくらいだろうか。こにぽんの姿が見えてきた。
そして、こにぽんの姿が視界に入るとその足元には、キラキラ光る綺麗な水溜りがあった。
水溜りと言うより、小さな池の様にも見える。とても澄んだ水で直径5Mくらいだろうか。
「あれ〜・・・?こんな所に池なんて無かったのに・・・」
舞子は境内の地形を思い出しながら首をかしげている。
「うわ〜、綺麗な池ね」
鬼子はこにぽんに近寄りながらそう言った。
「あっ、何か浮いてる!」
こにぽんは指をさしながらその浮いている物をじっと眺めていた。
その浮いていた物が、【スー】っとこちらに寄ってきた。
鬼子と舞子は小さく眉間にシワを寄せながらその動く物を見ている。
こにぽんは池の縁にしゃがみ込み、その近寄ってきてる物を目を凝らしながら見ている。
「なぁ〜んだ。葉っぱかぁ〜」
こにぽんはそう言いながら、木の枝を拾いその葉っぱを突っついた。
すると、【ピョコッ】と葉っぱの間から奇妙な魚の顔が出てきた。
「ヒャッ」
こにぽんは小さく声を出し、少しビックリして後ずさりしながら鬼子の後ろへ回った。
「ネ、ネネ様〜、あれなぁ〜に?何か気持ちわる〜い・・・」
こにぽんは鬼子を少し前へ押しながらそう言った。
「お、押さないでよこにぽん。私も気持ち悪いんだから」
鬼子の目に映っているソレは、目と口が少し大きめの魚?の様に映っている。
その魚が、池から【ピョコッ】と飛び出して来て、トコトコとこちらに歩いて来た。
舞子はとっさに鬼子の後ろへ隠れた。
「お、鬼子ちゃん・・・。あの気持ち悪い魚・・何・・?」
「わ、私に聞かれても解りませんよぉ〜・・。舞子さん、光の世に歩く魚っています?」
舞子は鬼子の腕を掴み、首を振りながら言った。
「そ、そんな魚見た事ないよ・・・」
鬼子は2人から離れ、少しだけその魚に近づいた。鬼子の手には、こにぽんが持っていた木の棒が握り締められている。
鬼子がその木の棒をそと突き出す。
するとその変な魚も手を前へ突き出した。
手と言うより、葉っぱみたいな形をしているが。
鬼子は気持ち悪い物を見るような表情で固まっている。
変な魚も、大きな目で鬼子を見つめジッとしていた。
「パンツを寄こせでゲス」
唐突にその変な気持ち悪い魚が言葉を発した。
鬼子はビックリし肩をすくめ、【ピュー】っと舞子とこにぽんの所に飛んで行った。
悪しき輩みたいに、怖いとか危ないとかそういう類ではない。
一言・・・気持ち悪いのだ。
「あ、あいつ喋ったよ・・!?」
こにぽんが鬼子の後ろから出てきてそう言った。
そしてこにぽんは、また木の枝を拾いその変な魚に少しづつ近づいて行った。
今度は、こにぽんとその変な魚がにらめっこをしている。
「こにぽん・・あんまり近づいちゃだめよ・・」
と鬼子は言うが、こにぽんは先ほどの気持ち悪さを通り越して、興味がわいているみたいだ。
こにぽんは【ニタッ】と笑った。
「お魚ちゃん、臭いね」
そう言いながらこにぽんは、その変な魚のお腹を突っついている。
「ポヨン、ポヨンしてるね。お魚ちゃんのお腹〜」
こにぽんはとうとうその変な魚を使って遊びだした。
その変な魚は一歩も引かず、ジッとこにぽんを見ている。
「お前のパンツを寄こ・・・」
とその変な魚は言いかけたが、止めてしまった。
そして、こにぽんと鬼子を見比べている。
「お前のは要らないでゲス」
そうこにぽんに言って、鬼子の方に近づいて来た。
「俺、ヤイカガシでゲス。ヨロ!」
と言いながら、その魚は葉っぱの様な右手を上へ上げた。
それを見ていた鬼子と舞子は身体に寒気が走る。
「ぃやぁ〜・・気持ち悪い〜・・・」
鬼子は声を震わせながらそう言った。
「鬼子ちゃん・・・これって輩なの?」
舞子は気持ち悪さに身震いしながらそう聞いた。
鬼子はそのヤイカガシ(変な魚)をジッとみながら少し首を振った。
「いや・・・違うと思います。危険って言う感じじゃ無くて・・気持ち悪いから・・・」
「と、とにかく捕まえなくちゃ・・・」
その言葉を聞いた舞子は、鬼子の方に疑いの目をやった。
「つ、捕まえるって・・鬼子ちゃん正気・・?」
「だ・・・だって、歩く魚ってどう見ても変でしょ!?光の世に存在していない生き物だったら、捕まえなくちゃ・・・」
鬼子はその言葉を言いながら腰が引けている。
「舞子さん・・・捕まえてくれる?」
鬼子は苦笑いしながら舞子に思いもよらぬ言葉を発した。
「えぇ〜・・・な、何で私がぁ・・・これは鬼子ちゃんの役目でしょ!」
舞子は鬼子を、そのヤイカガシに差し出すように押し出した。
「ぃ・・いや〜止めてよ舞子さん」
「鬼子ちゃんがやってよ!」
そんな2人の掛け合いが虚しく辺りに響く。
【ピトッ】
何か冷たい物が鬼子の足首に当った。鬼子の全身に寒気が走る。
そして鬼子は、恐る恐る足首に触れる冷たい物を見た。
すると、黄緑色の蛙が鬼子の足首を触っている。
【キャー】
鬼子は思わずそう叫んで、足を振り回しその蛙を振りほどいた。
「桃もすもももモモのうち。生足は萌えるでケロ」
その蛙がそう口走っている。
「おいら、モモサワガエルでケロ。ヨロ!」
そう言いながら気持ち悪い蛙は右手を上へ上げた。
「な・・・何なの・・アレ・・・」
鬼子と舞子は抱きつきながら二人でそう言った。
「ま、また気持ち悪いのが出てきた・・・。アレも・・・輩じゃなさそうだけど・・」
鬼子は、一応得体の知れない蛙の気配を、そう感じ取っていた。
舞子は身の危険は無さそうに思ったが、気持ち悪さは拭えない。
「そ、そうなの?私には解らないから鬼子ちゃん捕まえてよ」
舞子の素直な言葉である。
その言葉を聞いた鬼子の背中にまた悪寒が走り、舞子の腕をさらにギュッと抱きしめた。
「い、嫌ですよ・・。あんな気持ち悪い蛙・・・」
しかし舞子は、自分にこの得体の知れない蛙の処理が降りかからないようにと、鬼子の方に顔を向け、少しずる賢い発言をする。
「でも、街に出て悪さしたらどうする?」
・・・舞子の勝ちである・・・。
「・・・そ・・それは・・・」
鬼子の頭の中は、気持ち悪い、退治、ほおって置く、狐様の命、やっぱり気持ち悪い、使命・・・
と言う言葉がグルグル回っていた。
ヤイカガシとモモサワガエルは引き合うように二匹で見つめ合っている。
ヤイカガシがお尻を左へ振る。すると、モモサワガエルもお尻を左へ振る。
そして、またヤイカガシがお尻を右へ振る。すると、モモサワガエルもお尻を右へ振る。
そのままヤイカガシは左手を上へ上げた。するとまた、モモサワガエルも左手を上へ上げる。
そして、2人・・二匹同時に
「イェ〜ィ!」
・・・鬼子と舞子はその様子を呆然と見ていた。
「イェ〜ィ!」
今度はこにぽんが二匹の近くでそう言いながら左手を上へ上げていた。
「私、こにぽん。宜しく〜」
こにぽんはにこやかな顔でそう二匹に話しかけた。
「こにぽん、話しかけちゃだめ!」
鬼子のその言葉は、こにぽんの好奇心にかき消される。
「あんたたち、お友達なの?」
こにぽんは座り込みながらその二匹に聞いた。
ヤイカガシがモモサワガエルの方をジッと見つめそして、
「いいや、初めて見たでゲス」
と言う。すると、モモサワガエルも
「そうそう、初めて会ったケロ」
と、二匹仲良く握手をしている。
その様子を見ていた鬼子と舞子は、さらに気持ち悪さがこみ上げて来た。
【ワオン】
何処からかハチ太郎の声が聞こえて来た。そしてハチ太郎が草むらから飛び出てくる。
「あ、ハッちゃん。いい所に来たわ。この気持ち悪い生き物を捕まえてくれる?」
鬼子は少し安堵感を抱きながらそう言った。
そしてハチ太郎は、ヤイカガシとモモサワガエルの近くに行き、匂いを嗅いでいる。
「こいつらかなぁ・・?」
そう言いながら、ハチ太郎は二匹の周りをグルグル回りだした。
ヤイカガシとモモサワガエルはビクビクしながら硬直している。
さすがに、狗(犬)の前では怖いみたいだ。それに、ハチ太郎に闇世の匂いが漂っているので、それを敏感に感じているんだろう。
「・・・ん〜・・・違うなぁ・・・まぁいっか。腹減ったから帰ろっと」
とハチ太郎は言いながら、またそそくさと裏庭の方へ戻って行った。
「あ・・ハッちゃん!どこ行くのよ。戻って来て!」
しかし鬼子の言葉は儚く消えていく。そしてハチ太郎は戻ってこなかった・・・。
鬼子と舞子の表情が、蛇の前に取り残された小鳥の様になっている。
「いぃじゃん。二匹とも輩じゃないみたいだから。友達になっちゃえば」
こにぽんの純真な無情の言葉。
「いやよ〜〜〜そんな気持ち悪い生き物・・・」
鬼子の純真な悲痛な言葉・・・。
「お、鬼子ちゃん。とにかくこのお水持って行きましょ・・・。ここから離れたいから」
舞子は身震いしながら鬼子にそう言い、鬼子の手を引いて裏庭の方に歩いて行った。
「こにぽんも早くこっちに来て!」
鬼子はそう言ったが、こにぽんはその二匹と一緒に笑顔で歩いている。
と、言う事は、その二匹が鬼子と舞子の後を付いて歩いてると言う事だ・・・。
鬼子と舞子はやっとの思いで、裏庭に出てきたが、【ピタッ】と2人の足が止まる。
その時鬼子達の目に飛び込んで来た光景は、ヒワイドリの前にまた二匹の変な鳥が居たからだ。
「何あれ〜〜〜、また変なのがいるよ」
鬼子はまた舞子に抱きつきそう言った。
そして何やら三匹で話をしている。
「おいら、ヒワイドリ。ヨロ!」
右手を上げてヒワイドリが言った。
すると、ヒワイドリの右前に居た変な鳥がそれに答える。
「俺、チチメンチョウ。ヨロ!」
と、右手を上げながらそう言った。
そして、左前に居た変な鳥が今度は答えた。
「おいら、チチドリ。ヨロ!」
同じ様に右手を上げながらそう言った。
そして、お互いに匂いを嗅ぎあっている。
その輪の中に、ヤイカガシとモモサワガエル。そしてこにぽんも駆け寄り、また自己紹介が始まった。
その光景を見ていた鬼子と舞子はもう、言葉が出てこない。
2人はその輪の横を、そ〜っとそ〜っと音を立てずに歩いて行こうとしていた。
すると、ヒワイドリが鬼子達の方を指差しながら言った。
「ほら、あれが鬼子だ。その横にいるのは舞子。2人とも貧乳なんだよなぁ〜」
2人は、【ドキッ】として立ち止まってしまった。
チチドリが2人に近寄り、その周りをグルグルと回りだした。
「ふ〜ん。おいらは、貧乳が好きだからこれでいいと思うぞ!」
その言葉を聞いたヒワイドリは、こにぽんの方を指差した。
「じゃぁこれは?」
チチドリがこにぽんの方を見ながら言う。
「子供のチチに興味はねぇ。おいらが好きなのはあくまで大人の形のいい貧乳だよ」
すると、ヤイカガシがその話しに割って入る。
「お前達は、パンツに興味ないでゲスか?」
今度は、モモサワガエルが話しに割って入って来た。
「おいらは、生足派!特に太ももに萌えるでケロ〜」
「君達、色々意見が有るようだが、まとめるとこう言う事だな」
チチメンチョウがしゃしゃり出てきて、落ち着いた口調でそう言った。そして、
「無乳は罪なり、乳は巨乳なり」
鬼子達の方を指差しながら自慢げにそう言った。まとまっていない・・・。
鬼子達は2人で抱きついたまま動けない・・・。
そして、チチメンチョウが2人に近づいて来た。
「君達、栄養はちゃんととっているかね?」
チチメンチョウがお説教??まがいの言葉を発する。
すると、鬼子が顔を真っ赤にしてやっとの思いで発言した。
「あ・・あんた達には関係ないでしょ!」
つられて舞子も言う。
「そ、そうよ。ほっといてよ」
そんなどうでもいい話し合いが、裏庭で続いていた。
きび婆は、鬼子と舞子の帰りが遅いので、探すため裏庭に出て来た。
すると、きび婆の目に変な生き物達が映るではないか。それに鬼子と舞子が囲まれている。
その光景を見たきび婆が、血相を変えて駆け寄ってきた。
「悪しき輩か!?」
ときび婆は大きな声を出しながら近づいて来た。
鬼子と舞子はきび婆の顔を見ながら・・・泣いている。
「なんじゃぃ、この気持ち悪い生き物達は」
きび婆がその気持ち悪い生き物達を狐火になりながら蹴散らした。
「んん?輩・・じゃないのう。それにヒワイドリも一緒か?」
きび婆は元の姿に戻り、鬼子達をかばう様に近くに来てくれた。
「き・・きびバァ〜〜〜〜〜〜〜・・・」
と鬼子は泣きながらきび婆に抱きつく。
舞子も思わずきび婆に抱きついて、涙を流している。
鬼子と舞子のその涙は、気持ち悪さと屈辱感が入り混じった複雑な涙だ。
蹴散らされた、ヒワイドリを含めた五匹の気持ち悪い生き物達は、また、鬼子達の方を指差しながら自分勝手に話しだした。
「乳の話を・・・」
「モモに萌え〜・・・」
「おパンツが・・・」
「大人の貧乳・・・」
「無乳は罪・・・」
それを聞いていたきび婆は、徐々に、徐々に、徐々にイラついた怒りがこみ上げて来る。
そしてまた、狐火になりその五匹に飛び掛って行った。
「いいかげんにせんと、焼いて食っちまうぞ!」
きび婆の闇世の恐ろしい気を感じたその言葉に、一瞬にして五匹の会話が止まってしまった。
「ほんに・・・また変なのがこの神社に寄ってきよるわ・・・」
きび婆はそうつぶやき、鬼子と舞子のお尻を【ポン】と叩いた。
きび婆の心は、こんな力の弱い変な生き物に動じるな、とでも言いたげな行動だった。
鬼子と舞子はきび婆に付き添われ、やっとの思いで神社に入って行った。
こにぽんは・・・その五匹を木の棒で突きながら遊んでいる・・・。
いつもなら、真っ先に神社へ入りくつろいでいるハチ太郎だが、彼は寒い中、奇妙な五匹の生き物達から離れ、裏庭に出て暖を取っていた。
その夜、裏庭では遅くまでその五匹の噛み合わない談笑が続いたとさ!
●「日本鬼子・ひのもとおにこ」〜第八章〜【結界】
真冬の寒い季節だが、今日は朝からポカポカと暖かな日差しが神社を照らしている。
そんな暖かな、とても穏やかな光の世の鬼狐神社の裏庭で、例の奇妙な生き物達が和気あいあいと話をしていた。こにぽんもその中に入っている・・・。
今は朝食の時間。きび爺、きび婆はハチ太郎と話をしながら食事をしている。
弥次さんと喜多さんは2人でいつもの様に駄洒落三昧。
織田と秀吉は織田が秀吉にチョッカイを出しながら食事をしている。
鬼子と舞子は・・・昨日の気持ち悪い余韻から立ち直る事が出来ないでいた。
2人は食事をしているが、たまにその気持ち悪かった事を思い出し、身震いをしている。
食べては身震い。身震いしては食べる。それを繰り返しながら朝食を取っていた。
朝食が終わる頃、きび爺はきび婆の方を見て軽くうなずき、一息つきながら言った。
「皆よ。少しワシの話を聞いてくれるかぃ」
そんなきび爺の改まった言葉は、大事な何かを伝えようとしている事と容易に感じとれた。
みんながきび爺の方を向き、静かになる。
「最近おかしな事ばかりじゃ。今までは、悪しき輩が年に一度か二度程度、それに力の非常に弱い輩しか出てこなかったが・・・。最近は頻繁におかしな事が起こりよる」
きび爺は鬼子の方を向いた。
「鬼子の命(使命)は、悪しき輩を散らす事を目的としとるが、光の世で、悪しき輩が芽生え始めた初期段階の輩が出現するのは予想外じゃった。そして、辛い思いをさせてしまった」
そして、弥次さん喜多さんの方を向く。
「力の強い輩も出てきよる様になった。いくら2人が歳をとっているとは言え、弥次さん喜多さんは忍者八門の使い手。それに2人とも郷士をまとめる大将を勤めた立派な忍者。その2人が不覚にも傷を負うと言う事は、一大事じゃ」
きび爺は今度、織田と秀吉の方を向く。
「織田と秀吉は、古武道、古武術の使い手じゃが、弥次さん喜多さんを襲った力の有る輩が相手だと、どうなるか心配じゃし・・・」
きび爺は、横にいたハチ太郎の頭を撫でながら神妙な面持ちで続けた。
「このハチ太郎も、昨日から何かおかしな胸騒ぎがしよると言う・・・。それに、昨日のあの奇妙な四匹の出現じゃ。悪しき輩の匂いはしないみたいだが、何故一度に出現したのか・・・そして、裏庭の古井戸近くの池もじゃ」
きび爺は少し間を置き、舞子の方に寂しそうな、切なそうな視線をやった。
「舞子、お前さんは・・・一度街に戻った方がえぇと思うんじゃが・・・」
舞子は驚いた表情できび爺の話を聞いている。
鬼子も舞子と同じ心境できび爺の話を聞いていた。
「舞子、お前さんはよう働いてくれよる。それに、ワシはお前さんを家族の様にも思っとる。そんなお前さんが危険な目に逢わんとも限らんからのう」
きび爺は少し悲しい表情で下を向いた。
舞子は自分の胸の近くに手を持っていき、笑顔で握りこぶしを作った。
「狐火様、私は大丈夫です。こちらにご奉仕する事を決めた時からその事は解っていましたし、それを踏まえて、織田さんから古武道を習っていますから。・・・それに・・・皆さんは・・もう私の中では家族同然ですから・・・」
舞子の表情は、何かの決意の表れの様にも見えた。
弥次さん、喜多さん。織田と秀吉もその言葉にうなずいている。
「狐火様」
と弥次さんが話しだした。
「舞子ちゃんなら大丈夫ですよ。ワシらも、そして織田、秀吉も付いていますからな。それに、ハッちゃん(ハチ太郎)は鼻が利くらしい。何かおかしな気配がしたら、誰かが舞子ちゃんに着いとりゃえぇんじゃから」
みんなも鬼子も大きくうなずいている。
その表情を見たきび爺は、嬉しくもあり、心配でもありという複雑な思いでいた。
きび爺は少しの間、うつむいて沈黙している。
そして顔を上げ、大きく深呼吸しながら何かを決心する。
きび爺は鬼子を指差した。
「鬼子よ、般若面を前へ」
鬼子は唐突なきび爺の言葉に驚いている。
「え?般若面を畳に置けばいいの?」
「そうじゃ」
きび爺は軽くうなずく。
「え?何??壊したりしないでね、かあ様(母様)からもらった大事な面なんだから」
鬼子はそう言いながら、般若面の方に右手を添えた。
すると、勝手に般若面に付いている紐が鬼子の頭からスルスルと取れ、手の上に落ちた。
そして、般若面を畳の上に置き、前へ出した。
きび爺は【スクッ】と立ち上がり、般若面の近くに歩み寄った。
「解っとる、壊したりせんよ。ちょぃと封印を解くだけじゃ」
「封印?何?封印って・・・」
鬼子は何も解らないと言う表情で、きび爺にそう聞いた。
「いいから見とくんじゃ」
と、きび爺は言いながら腕まくりをする。
そのきび爺の行動を見ていた般若面が、ポツリと言う。
「きび爺、痛くするなよ!」
軽く笑いながら、きび爺が答える。
「痛い訳がなかろう般若面」
すると、般若面が口を歪めながら
「ふん!」
と、言葉を返した。
きび爺は念を集中する。すると狐火の姿に変わった。
そして、両手を前へ突き出し神代呪文を唱え始めた。
『神代に属するは印、授けるは解』
神代呪文の文字がきび爺の両手に浮き出てきて、光りだす。
その輝く文字が般若面を包んでいった。
そして、念を込めながら再び唱えた。
『いでよ、古(いにしえ)の骸(むくろ)よ』
すると、般若面は光り輝き、そして赤く激しく燃え出した。
その炎は一気に皆を包み、そして部屋中に充満する。
皆は驚き、炎に手をかざし身を守ろうとしているが、皆はには飛び移らず熱くはなかった。
炎の中、般若面からなにやら白い物が浮き出ている。
そして、般若面が消えると同時に、【ピョコッ】とその白い物が飛び出して来た。
渦巻く炎が静かに消えて行く。
その飛び出して来た物の形は、焼いた餅が縦に伸びた様な形だ。
それに、少し下っ腹が出ている様にも見える。背丈は20センチくらい。
色は白く、顔は・・・般若面を丸くした様な、ちゃめっ気のある様な顔・・・。
皆は、封印を解くものすごさに圧倒されていたが、それには似付かない物が飛び出して来たので、言葉が出なかった。
「あぁ〜やっと封印が解けたか。今回は短かったけど、身体の節々が痛いわぃ」
と、その白い者が腰をくねらせ、頭を回しながら柔軟体操をしている。
鬼子は・・・目を丸くしながら固まっている。鬼子が生まれてからずっと一緒に居た般若面が、今まで見た事も無い形に変わっているからだ。
「は・・般若?あの般若面?」
心配そうにそう聞いた。
すると、丸いお茶目な顔の般若が笑いながら鬼子に言った。
「そうじゃ、これで少しは鬼子の助けになるじゃろなぁ」
しかし、鬼子の心配事は消えなかった。
「じゃ・・じゃぁお面・・・はどうなるの?」
母親から貰ったお面が、気になっている様だ。
「ハハハ。自由に変化出来るぞ。いつも通り般若面になったり、この姿になったり。般若面の時はそないに自由は効かんが、この姿の時は百人力じゃぃ。ガハハハハ〜〜〜!」
般若はそう言い、鬼子の心配事を他所に、腰に手を当てながら胸を張って大笑いしている。
「そ、そう。よかった」
般若の姿を見ながら、鬼子は複雑な気持ちでいた。
「久しぶりじゃのう般若よ」
狐火の姿から元に戻ったきび爺は、その般若の姿を懐かしそうな顔で眺めていた。
「あぁ、久しぶりじゃな狐火よ。光の世でこの姿でお主に会うとは思わなんだがな」
そう言い、般若面から飛び出して来た白い般若は、その場にチョコンと座った。
その言葉を聞いた鬼子は、やはり複雑な思いでいる。鬼子が生まれる前から般若面が闇世に存在していたと言う事を最近知った。それに、今のきび爺と般若の言葉だ。
鬼子は言葉にはしなかったが、かなり複雑な、そして今までずっと一緒に過ごしてきた般若面の事をほとんど知らなかった自分に、苛立ちさへ感じていた。
そして、少し寂しい思いに包まれていた。
「ちょぃとおまえさんに聞きたい事があるんじゃがのぅ」
そう言うきび爺の横で、きび婆はお茶を入れている。
般若は、目を閉じ軽くうなずきながら再びきび爺の方を見て言った。
「わかっちょる。変な生き物や輩が沸いて出てきてる今の現状の事じゃな」
きび婆がお茶を般若に差し出した。
きび爺は頭を掻きながら言う。
「そうじゃ。わしらではどうも理解出来んでのぅ。今まで見てきて、般若はどう考える?」
「狐火よ。力石のせいじゃよ。アレは輩を呼び寄せる」
その般若の言葉に、鬼子や舞子、弥次さん喜多さん、織田や秀吉は少し驚いた表情をする。
きび爺は、口を真一文字にし少し考え込んでいる。
「しかし、その力石は何千年も前から光の世に存在しとるし、ワシや先代の狐火様の時もそないに輩が現れんかったんじゃがなぁ」
そう言いながらきび爺は、顔を左右に振っていた。
般若は、そのきび爺の言葉は解ってるというようにうなずく。
「きび爺も知っとるだろうが、力石は微弱ながら得体の知れない力を発しとる。闇世に住む力の民は、力を付けると自然にその力石に書いてある文字が解読でき、さらに、その者の力を増幅させる。闇世にある力石は全て狐の民によって解読されとるがな」
般若は続けて言う。
「闇世では、悪しき輩との戦いの他に、力の民同士のいざこざや戦(いくさ)も多々あるだろう。鷲の民、蟲の民、獅子の民、猿の民、狼の民、虎の民、蛇の民それに鬼の民もな。まだまだ他にもあるが・・・」
般若は、闇世で繰り返される争いを思い出しながら悲しそうな表情になる。
そしてまた言葉を続けた。
「ココからは、ワシの推測なんじゃが、力の民は皆、光の世の力石の存在は知っとる。それと、光の世の力石は狐の民ですらまだ少ししか解読出来ていないと言う事も」
その言葉を聞いたきび爺は、焦りながら般若に言葉を返した。
「ちょぃまて、般若・・・・・。他の民より、力を付けたいが為・・・と言う事か・・・?しかし・・・もし、そうであったなら狐の民、しかも狐様の力を借りないと、光の世には出てこれないぞ。狐様がそのような事をするとは思えんし・・・」
きび爺は、般若の言葉を受け入れがたかった。
般若はその言葉にうなづいている。
「そこでだきび爺。お主が光の世に行った後の事なんじゃが、ワシが闇世で聞いた話しでは、非常に頭のいい狸の民、そしてとても力の強い象の民の街が、悪しき輩の大群に襲われたらしい。それを率いて指示を出す輩がその中に居たそうなんじゃ」
きび爺の目の色が変わる。
「なに!?大群・・?それに指示を出してた輩じゃと!?」
きび爺は、信じられないという表情になっている。
般若は、険しい目をしながら言った。
「そうじゃ。その時、狸の民、象の民の街はほぼ半分がやられたと聞く」
般若のその言葉を聞いたきび爺は、動揺を隠せないでいた。
「・・・あの、狼の民でも手を出さんほどの知恵と強さを誇る狸と象の街がか・・・」
きび爺は、肩を落としながらそうつぶやいた。
鬼子は、その般若が言う話しは闇世で聞いていて知っていた。
そして、怒りが込み上げてくる。膝の上で手を【ギュッ】と握り締めながらその話しを聞いていた。
般若は一口お茶を飲み、また語りだした。
「そうじゃ。遙か昔から今まで悪しき輩は単独行動が基本じゃった。時には群れる輩もいたが、初期段階の輩以外は、ほとんど心は残っておらん。しかしじゃ、もし本当に指示を出す知恵のある悪しき輩が居るとしたら・・・そして、何らかの形でその輩が光の世の力石の存在を知ったとしたら・・・」
般若のその言葉が、きび爺の胸を刺す・・・。
「・・・もしそうじゃとしたら・・・散らばっている狐様を襲い、無理やり扉を・・・恐ろしい事じゃ・・・」
きび爺の額から汗が流れ落ちる。
般若の目つきがさらに険しくなっていく。
「狐火よ、感づかんか?闇世と光の世が何処かで繋がってる・・と」
「つ・・繋がってるだと?」
きび爺は、目を見開いて般若にそう聞いた。
鬼子達もみんな同様を隠せないでいる。
「そう。ワシの推測じゃがな」
と般若は言いながら、ハチ太郎の方を見て言った。
「ハチ太郎よ、ヒワイドリをここへ連れてきてくれ」
「やだよ。あんな訳のわからない連中と絡むのは」
ハチ太郎は、輩まがいの気配がする連中と関わりたくないのだ。
それに、このままこの部屋で般若の話を聞きたいのだ。
いつものわがまま・・・から出てきた言葉である・・・。
般若はハチ太郎を【キッ】っと睨んだ。
ハチ太郎の毛並みが何かに揺れる。
すると、ハチ太郎の身体全身にとても強大な恐怖がこみ上げてきた。
裏庭にいるこにぽんの頭の上の般ニャーがその気配に気付きつぶやいた。
「・・・そっか・・・、狐火様が・・・。あ〜ぁ・・・口うるさい嫌な奴が出てきたわ・・・まぁそれ以上はないよね・・・」
ハチ太郎は石の様に固まり、震えている。
般若はまた、ハチ太郎に声をかけた。
「今すぐヒワイドリを呼んできてくれぬか」
「はい〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
とハチ太郎は言われるがまま裏庭に飛んで行った。
5、6秒後、
【ドガッ】
っと、ふすまを勢い良く開けて、ハチ太郎が帰って来た。一瞬の出来事だ。
そのハチ太郎の口の中に・・・ヒワイドリ・・・とその他のヤイカガシ、モモサワガエル、チチドリ、チチメンチョウ・・・。勢ぞろいだった。
そのハチ太郎の背中にはこにぽんが乗っている。
ハチ太郎は、「ゼェゼェ」言いながら飛び込んで来たのだ。
弥次さん喜多さんの2人を乗せても息が乱れなかったあのハチ太郎が・・・。
そうとう急いで戻って来たのだろう。と言うより、般若の強大な恐怖に身体が震えている様にも見える。
「い・・・急いでたので、とりあえず全部連れてきちゃいました・・・」
みんなは唖然とそのハチ太郎を見ていた。
「まぁいい。ごくろう」
と、般若が呆れながら言った。
こにぽんが鬼子の側にくる。そして部屋の気配に感づき、腕をギュッと掴んだ。
そしてこにぽんは、小声で鬼子に聞いた。
「なにあれ?あの小さな白い物・・・」
鬼子はこにぽんの耳に手を当て、そっと小さな声で言う。
「あの人は、こにぽんも良く知っている私の般若面よ」
こにぽんはキョトンとした顔をしている。鬼子が言うので疑ってはいないが、似ても似つかぬ姿に驚いていた。
「えぇ〜・・・遊んでくれるかなぁ・・・」
鬼子はこにぽんのその言葉にずっこけてる。
こにぽんの心配事は・・・遊んでくれるかどうかだった。
「どうする気じゃ?般若」
きび爺はそう般若に聞いた。
「ワシも解らない事だらけなんでな。確信が無いからこやつらにちょぃと聞いてみるわぃ」
と般若は言いながら、五匹の変な生き物達の方を見た。
ハチ太郎の横に、連れてこられた五匹が並んで座っている。
彼らも、この部屋の空気を少しは感じているようだ。
感じてはいるが、空気を読めない・・・。
ヒワイドリが般若を指差しながら言った。
「誰?こいつ」
【バシッ】
ヒワイドリはハチ太郎に頭を叩かれた。
「い・・いったいなぁ。叩くなよ〜」
頭を撫でながらヒワイドリがまた言う。
「で、あのちっこいのは何?」
【ガブゥ】
今度はヒワイドリの頭にかぶりついている。
「いて、いてて〜いたいよ〜犬っころ!離せよ〜」
他の四匹は、退屈そうなその空間の気配に一緒になってざわめきだした。
般若が、ヒワイドリを含めたその五匹を睨み付ける。
すると、彼らの皮膚が波打つように振動し始めた。
そして、一瞬にしてその五匹は固まってしまう。
「ヒワイドリよ。お前さんは、どうやってこの光の世に来た?」
般若のその言葉に、みんなは驚いている。
きび爺が、ヒワイドリを見ながら言う。
「ワシは、狐様が寄こしたとばかり思っとったが、違うんかいのう」
「あぁ。こんな低能な鳥の民を狐様が寄こすはずがない」
きび婆は、その般若の言葉にやけにうなずいている。
般若が、ヒワイドリを見ながら続けて言う。
「鬼子が初めて街に出た時、『過去を思い出す。あの忌まわしい過去を』と言うとったろうが」
般若はそう言いながらヒワイドリをジッと見ている。
ヒワイドリは、その般若の表情を見ながら汗を流している。
「ゲゲ・・・。き、聞いてたの?おいらのつぶやきを」
ヒワイドリは頭にバンソウコウを貼りながらそう言った。
鬼子は驚きの表情を隠せない。
「え・・・?もとから光の世にいるんじゃなかったの?」
鬼子は少し焦りながらそう聞いた。
般若は顔を横に振りながら言う。
「こんな奴が、もとから光の世に居るわけなかろう。何か事情がありそうだ。それにお前は、誰かにその姿にされたんじゃないのか?」
みんなの少し厳しい目が、ヒワイドリに集まる。
「は・・・はぃ・・・」
ヒワイドリの返事の仕方がいつもと違う。やけに素直なのだ。
それはもちろん、般若の持つ巨大な力によるものである。
「元は、闇世の何処にいた?」
般若の口調が少しキツクなる。
「そ、そこん所の記憶が無いんです。何か悪さをしてたのは覚えてるんですけど・・・。気がついたら、誰かの般若面にこんな姿にされてて・・・」
ヒワイドリのその言葉を聞いたきび爺も少しキツイ口調になる。
「般若面!?強い念を入れながら祈祷された般若面だな。多分、大目付(おおめつけ)が持っている面だろう」
舞子はキョトンとした表情をしている。そして鬼子にそっと聞いた。
「鬼子ちゃん。大目付って何?」
すると、きび爺が舞子の方を見た。
舞子はビックリして、姿勢を正す。
きび爺は、にこやかな表情になりその舞子に向かって言った。
「ごめんよ、舞子。みなに解る様に説明せんとな。大目付と言うのはな、光の世で言う、警察官みたいな者じゃ。悪い者の偵察・監視・検挙。大目付はな、必ず守護する者を持ち合わせていて、その中に般若面もあるって事だ」
舞子は、口に手を当てて、
「は、はい」
と一言だけ答えた。口を挟んでしまった事に対して恥ずかしかったのだろう。
「それから、どうなったのじゃ?」
般若がヒワイドリに聞いた。
ヒワイドリは緊張しながら答えた。
「もうろうとしながら何処かの森の中を歩いてて、次に気がついた時は、川に流されてた・・・。そして、次に気がついた時には、光の世の川を流れてた」
そうヒワイドリが答えると、
「あ、俺も一緒でゲス」
と、ヤイカガシが言った。
「他の者はどうだ?」
と、般若が聞く。
皆【ウンウン】とうなづいている。
きび婆が、やはり・・・と言うような表情で言う。
「・・・お前たち・・・。みんな闇世で悪さをしてたんじゃな・・・」
その言葉を聞いた五匹は、
「エ・・・エヘへ・・」
と、苦笑いしている。
きび爺は、部屋の天井を見上げながら言った。
「行き来出来る何かが、自然に出来たのか。それとも誰かが意図して作ったのか。とにかくその行き来出来る扉を見つけて閉じなくてはなぁ」
般若が短い足を組みなおしながら言う。
「そうじゃな。それと、特にこの神社に有る力石は必要以上に強大な何かの力を持っておる。だから、自然とココに輩やこういった者が近寄ってくるんじゃ」
鬼子は、五匹を指差しながら言う。
「じゃぁ、近寄ってこない様にする為にはどうしたらいいの?」
やはり、鬼子は気持ち悪いのだ。もちろん舞子も同じだが。
その言葉を聞いた般若は、鬼子を正すように言う。
「ワシはそれが逆に良い事だと思っとる」
鬼子の表情が少し暗くなる。舞子もまた、同じ気持ちでいた。
「いい・・事?」
「そうじゃ。この神社に引き寄せられるって事は、他の街や村には出没しにくいって事じゃからな」
般若は鬼子の気持ちは解っているが、しかたがなかった。
鬼子もその言葉を聞いて、納得するしかなかった。何の為に光の世に来たのか・・・と言う事を、正された形になった。
「そ・・・そう・・・」
鬼子の願いは打ち消される・・・。
舞子も・・・その五匹を見ながら、肩を落としている。
きび爺が般若に問いかける。
「では・・・力石を持つ他の神社や寺、祠は・・・危険・・と言う事じゃな」
うなずく般若。
「そうじゃ。狐火に連絡が来ていないって事は、まだ出現していないって事だろうが、今後はどうなるか解らんからなぁ」
その言葉を聞いたきび爺は、腕を組みながら自分自身に語る様に言う。
「そうか。では、他の守り役(神社、寺、祠を任されてる民)とも、連携を今以上に取っていかねばならんのう」
「よっこらしょっ」
般若は立ち上がりながらそう言い、みんなの方を見た。
「後は、結界じゃな。結界を神社の周りに張って、輩が境内には近づけぬ様にしておかないと。それも、近づきやすく、逃げ出せない結界をな。幸いにも、ワシ、狐火の爺、鬼子、こにぽん、般ニャーと神代呪文を使える者がいる。ちょうど五人で同時に結界を張れるから、強い物となろう」
きび婆が五匹の方に厳しい目をやる。そして、ヒワイドリに言った。
「ヒワイドリよ。他の者に、光の世での立ち振る舞いをしっかりと叩き込んでおくんじゃぞ!しっかりと、じゃぞ!」
そう念を押した。
「わ、解りました・・・」
ヒワイドリ達は、しょんぼりした面持ちで部屋を出て行く。
きび爺がハチ太郎に言う。
「ハチ太郎。北に向かって進め。あくまで偵察じゃ。無理はするなよ」
ハチ太郎が、きび爺に【北から吹いて来る風が、少し匂う】と言っていたので、偵察に出す事にした。
まだ、参拝客がこない時間帯。般若、狐火の爺、鬼子、こにぽん、般ニャーの五人は鬼狐神社から、それぞれ1キロほど離れた所に立っていた。
神社を中心に直径2キロの結界を張ろうとしている所だ。
バラバラに散らばった彼ら五人の神経は、神代の力で一つに繋がっている。
きび爺が両手を前へ突き出した。すると、他の四人も両手を前へ突き出す。
そして、同時に神代の属性を唱え出した。
『神代に属するは守(しゅ)、授けるは結(けつ)』
すると、【ゴゴゴ】と地面から石の柱が出てきた。高さは1メートルくらい。
その先端には、石の丸い板の様なものが付いている。
そして、再度念を入れながら唱える。
『土神』
すると、その丸い石の板が柔らかく光出した。
そして、その光りが天高く舞い上がり、それぞれの光と交わりだす。
交わった光は、一つの大きな光となり神社を包み込んでいった。
「よし、終わった。これでひとまず安心じゃな」
きび爺はそう言い、みんなを神社へ戻した。
昼過ぎの鬼狐神社。パラパラと参拝客がお参りに来ている。
鬼子は縁側に座っていた。こにぽんも鬼子の横にいる。
目の前では、ヒワイドリが他の四匹に光の世での立ち振る舞いを教えていた。
朝食後からずっと教えているみたいだが、すぐに話が鬼子が聞きたくない変な方に脱線していて、中々進まないのだ。
こにぽんが鬼子の膝上に乗り、足をブラブラさせながら言う。
「ハッちゃん(ハチ太郎)居ないと寂しいなぁ。早く戻ってこないかなぁ」
そんなこにぽんを他所に、五匹の奇妙な生き物達は、各々ニタニタ笑っていた。
「へへ、あの狗(ハチ太郎)が居ないと気分的に気楽でいぃなぁ」
「そうでゲスね」
「そう、そうケロ」
「じゃぁ、大人の貧乳の話しを」
「いや、無乳は罪だって」
・・・・・・・・・・。
日が暮れ、月明かりが森を照らしている。しかし、その森の幹までは月明かりは届かない。
ハチ太郎は暗闇の中、鬱蒼と生い茂る森の中をとてつもない速度で走っている。
一度止まり、辺りの匂いを嗅ぐ。そしてまた走り出す。それを何度も何度も繰り返していた。
ハチ太郎は、急に止まった。何か気配を感じたのだろう。
辺りを入念に警戒している。
「・・・いる・・のか・・?しかし、まだ遠いか・・・」
「あ〜あ・・。闇世でちゃんと訓練しとけば、弱い者の匂いでも、嗅ぎ取る事が出来たのになぁ・・・」
そう言い、また走り出した。その瞬間・・・
【ドガッ】
ハチ太郎が地面に叩きつけられる。ふら付きながら何とか立ち上がったが、ハチ太郎の背中からわき腹にかけて、大きな傷が付いていた。
そして・・・血が流れ落ちている。
【ハァ・・ハァ】
ハチ太郎の目の前の大きな木の向こう側に、黒い影が揺れている。
ハチ太郎は、その影に警戒しながら後ろへと少し間合いをとった。
「・・・解らなかった・・・。こんなに近くに居たのに・・・」
ハチ太郎は、不意に左側に強い匂いを感じる。
振り向く間もなく、
【ガシィ】
ハチ太郎はまた、殴り飛ばされてしまった。
「ガハッ・・・」
今度は口から血が流れ出す。
少し離れた所で黒い二つの影が、ハチ太郎の目に映っている。
しかし、目がかすんでよく見えない。
震える足で、やっとの思いで立ち上がるが・・・ハチ太郎はすでに戦いが出来る状態ではなかった。
「・・・やばい・・・やばいなぁ・・・。ハァハァ・・。自分さえ守る事が出来ないなんて・・」
ハチ太郎は唾を飲み込む。
「こんな俺が、こにぽんを守るなんて、よく言えたもんだな・・・。狗の民の・・・恥さらしだな・・・俺・・・。とにかく・・この現状を何とかしないと」
ハチ太郎は警戒しながらジリジリと後ろへ下がっていく。
目の前には、悪しき輩の影が二体。近づいてくる気配はない。
その時、ハチ太郎は頭上で強い匂いを感じた。
とっさに振り向いたハチ太郎の目には、悪しき輩の姿が。
空には月明かりをさえぎる様に、黒い雲が出てきている。
深い寒い森に、ポツリ、ポツリと雨が降り出した。
●「日本鬼子・ひのもとおにこ」〜第九章〜【呪縛の解読】
冷たく硬い雨が地面を突き刺している、まだ日が昇らない朝方。
人間の民には見えない結界が、鬼狐神社を静かに包んでいた。
そんな中、神社に仕える織田と秀吉が目を覚ました。
「フワァ〜アァ」
織田は大きなあくびをしながら起き上がり、布団を片付けている。
同じように秀吉も布団を片付けていた。
「ゥウ〜寒い寒い。今日は、雨ですね〜」
秀吉は部屋の練炭に手をかざしながらそう言った。
「よ〜し。ジャンケンだ!」
と、織田が寒さで身震いする自分の身体を擦りながら言った。
秀吉は、練炭のそばで、身体を丸めながらその言葉に返す。
「えぇ〜今日、鐘を鳴らすのは織田さんの番ですよ・・・」
「いぃじゃねぇか。朝食のシシャモを一匹あげるからジャンケンしようぜ!」
織田のいつもの強引な提案・・・。秀吉は膝を抱え、下あごを前に出しながら小声で言った。
「・・・シシャモ一匹で・・・子供じゃあるまいし・・・」
【ズザ・・】
その時、裏庭で何か小さな物音がした。
「ん?何の音だ?」
織田が裏庭へ続くふすまの方に目をやった。そして、
「秀吉、ちょっと見に行ってくれ」
と言う織田に対して、秀吉がすかさず言葉を返した。
「えぇ〜、行かなくていぃじゃないですか・・。風で何かが倒れたんじゃ」
秀吉は、練炭にしがみ付く様に織田に背を向け丸まっている。
「そんな事言わずに、シシャモもう一匹付けるから。
それに悪しき輩だったら俺こわいもん!」
と、織田は鼻をピクピクさせながら言った。
織田が、鼻をピクピクさせながら言う時は、決まって怠けようとしている時だ。
しかし、この光景はいつもの事なのである。織田が無理難題を言い、秀吉がそれをやらされる・・・。
織田が言い出すと、秀吉が動くまで言葉は止まらない。
秀吉は、仕方なく上にちゃんちゃんこをはおり、傘を差して冷たい雨が降る裏庭に出て行った。
織田は、そんな秀吉をよそに練炭に当って暖を取っている。
「おぉ〜。今日も冷えるなぁ。こんな日に鐘楼に行って鐘を鳴らすのはキツイぜ」
【ドカドカドカ、バン】
秀吉が走りながら勢い良くふすまを開けた。傘を持っていないようだ。
「お、織田さん。あの・・その・・」
秀吉はかなり焦ってる。
「なんだよ〜また、あのその言って・・何言ってるか解らんぞ」
織田はそう言って、秀吉の方に振り向いた。
「い・・狗(犬)。狗ちゃんが倒れてます」
秀吉は焦っているので、狗の名前が出てこないみたいだ。
「狗!?狗ってハチ太郎の事か?」
「そ、そうです。しかも・・・血だらけで・・・」
一瞬にして織田の表情が厳しくなる。そして慌てるように立ち上がった。
「な、なにぃ」
織田と秀吉は、冷たい雨が降る裏庭に傘無しで飛び出し、倒れてるハチ太郎の所に走っていった。
織田は・・・自分の目を疑う・・・。
「・・・こ・・これは・・・むごい・・。どうしてこうなった・・・」
ハチ太郎の姿は、白い毛並みが全て血で赤黒く染まり、深い傷が何箇所もあった。
織田がハチ太郎の身体にそっと手を触れる。
「・・・冷たい・・・」
そして、自分の耳をハチ太郎の横たわる身体にあてた。
「・・・・・・」
【ドクン】
「!、かすかに鼓動が聞こえる。秀吉、狐火様を今すぐ起こすんだ。そしてお湯を沸かせ」
織田は、そう大声で言い、ハチ太郎を担ぎ上げる。
秀吉は、バタバタときび爺、きび婆の名前を呼びながら寝室へ飛んでいった。
その騒動でこにぽん以外の全員が目を覚ます。
こにぽんの近くで眠っていた鬼子、般若、般ニャーもこにぽんを起こさない様に表へ出て行った。
鬼子達が見たのは、織田が血まみれのハチ太郎を運んでいる姿だった。
鬼子は、心の動揺を隠せず、織田に駆け寄る。
「は・・ハッちゃん!?ハッちゃん!ど、どうしたのハッちゃん」
目の前の受け入れられない悲惨な状況に、鬼子は気が動転していた。
「鬼子ちゃん、舞子。部屋の暖を早く」
織田はそう言ってハチ太郎を抱えながら部屋の中へ駆け込んで行った。
弥次さん喜多さんは、ハチ太郎が横たわっていた付近を調べている。
般若と般ニャーは神社の結界の状態と、浸入した物が無いか調べる為、神社周りを走り回っていた。
暖かい部屋の中、血で赤く染まったハチ太郎が柔らかい布団の上に横たわっている。
鬼子は、タオルに暖かいお湯を染み込ませ、ハチ太郎の身体を泣きながら拭いていた。
「何でハッちゃんが・・・私のせい・・。私が悪い・・。私が・・・」
鬼子はそう小さくつぶやく。
きび婆は、鬼子の近くでハチ太郎の傷口に薬を塗っていたので、鬼子の小さな言葉を聞き逃さなかった。
「どうして鬼子のせいなんじゃ?輩と対峙した傷じゃろうて」
きび婆は、そう言いながら鬼子の方へ目をやったが、鬼子はきび婆と目を合わさず、ジッとハチ太郎を見つめていた。
「・・・私のせい・・・」
その言葉と同時に、鬼子はその場にうずくまってしまった。
「お、鬼子・・」
きび婆の声が部屋に響く・・・。
鬼子は・・・身体に力が入らずその場で泣き崩れてしまった。頭を布団に擦りつけながら・・・。
「本当は・・・私が行かなきゃいけなかったのに・・・。
命(命令)を受けてるのは・・・私なのに・・・」
側にいたきび爺が、首を振りながら言う。
「・・・行かせたのはワシじゃ・・。ここのみんなを守ってるのもワシじゃ・・・。
ハチ太郎がこのようになってしまったのは、全てワシのせいじゃ・・・」
鬼子は布団から顔を上げ、きび爺ときび婆の方を見て声を張り上げた。
「違う!」
「きび爺ときび婆の命は、この鬼狐神社を守っていく事でしょ。
この中で輩退治の命を受けてるのは私だもん・・・それなのに、原因が解らないまま、時間だけが過ぎていってしまって・・・私がもっと、賢くて、強くて・・・」
鬼子は言葉を詰まらせた。自分の不甲斐なさに苛立ち、下唇を強く噛んでいる。
その唇に・・・血が滲んでいた。
「鬼子よ、それは違うぞ。ハチ太郎はただこにぽんに付いて来ただけじゃない。
鬼子の手助けになればと、一緒にきたんじゃろうて」
きび婆は、自分のせいと思い込んでしまっている鬼子に対し、そう言ったのである。
そして、ハチ太郎の傷を狐様の毛の糸を使いながら縫い合わしている。
鬼子の瞳には、ハチ太郎の横たわる顔が映っている。
「・・・みんなに迷惑かけてしまう・・・。私なんて・・・私がこうなればよかったのよ」
鬼子の心は潰れそうにそう叫んでいた。
「馬鹿な事を言うのはおよし!鬼子ちゃんが傷だらけになって帰って来たら誰が喜ぶって言うの!」
般ニャーがそう叫んだ。見回りから帰って来た般ニャーが鬼子の言葉を聞いて一喝したのだ。そして、般ニャーの姿が26、7歳くらいの女性の姿へと変わっていく。般ニャーは、鬼子を両手で包み優しく言った。
「・・・鬼子ちゃんの気持ちは解るわ。でもね、ハチ太郎がそんな事聞いても喜ばないわよ。傷ついた身体で、やっとの思いでみんなの所に戻って来たハチ太郎を褒めてあげようよ」
その言葉を聞いた鬼子は、また泣き崩れてしまった。
先ほどまで暗かった空が、うっすらと明かりを帯びている。
雨も小雨になり、静かに夜が明けようとしていた。
女性の姿になって、鬼子とハチ太郎の側にいた般ニャーが静かに立ち上がる。
「こにぽんを起こしてくるわ。治療をしてもらわないといけないから」
鬼子は力なく小さくうなずいた。
少しすると、般ニャーがこにぽんを起こしハチ太郎のいる部屋に連れてきた。
般ニャーは猫帽子風の姿に戻っている。
「ふわ〜、おはよう」
眠たそうな声で挨拶するこにぽんの目に、横たわるハチ太郎の姿が映る。
白い毛並みが所々赤くなっていて、縫い合わせた生々しい傷口が
こにぽんの目に飛び込んできたのだ。
「・・・・・・は、ハッちゃん。ハッちゃんハッちゃん」
きび婆の心が痛む。こにぽんの守護についたハチ太郎は、毎日、毎日一緒に行動していただろうし、笑う時も、泣く時も、怒る時も心は一つだったはず・・・。
そんなハチ太郎が目の前で傷だらけで倒れてるのだから・・・。
「こにぽんや、大丈夫じゃ・・もう大丈夫じゃよ・・・」
優しい言葉で、そうこにぽんに言った。
こにぽんの目から大粒の涙が溢れ出す。
そして、涙を流しながらハチ太郎にしがみ付いた。
「は・・ハッちゃん。・・・ハッちゃん」
自分のせいでこういう状況になったと思い込んでいる鬼子は、
その様子を直視出来ないでいた。
「・・・ごめんね・・こにぽん。ごめんね・・・」
そうつぶやくのが精一杯だった。
きび婆が、泣いているこにぽんの背中に手をあて優しく撫でている。
「こにぽんよ。ハチ太郎の怪我の治療をしてくれるかぃ」
「うん」
幼いながら、こにぽんは自分の役目をちゃんと理解しているが
心が大人に成長している訳ではない。
震える自分の手のひらを、ハチ太郎の怪我の上にかざし、
そして泣きながらハチ太郎の治療を始めた。
冬の冷たい朝陽が、鬼狐神社のある山を照らしている。
ハチ太郎の、怪我の治療をしている部屋に般若が見回りから帰ってきた。
「狐火よ、結界の方は大丈夫じゃ。浸入された気配も無かったわぃ。般ニャーの方はどうじゃった?」
「私の方も同じね。匂いはハチ太郎のものだけだったわ」
弥次さんも自分が調べた事を言う。
「ワシらの方も問題無しじゃ。ハッちゃんの血痕は雨で既に消えとった。
足跡もかすかに残っとったが途中で消えておる」
きび爺はとりあえず一段落した状況に少し安堵する。
「そうか・・・。みんなごくろうじゃった。冷えた身体を温めておくれ」
「っぷぅ〜・・・」
ヒワイドリが吐息をもらした。
この部屋に、ヒワイドリ、ヤイカガシ、モモサワガエル、チチドリ、チチメンチョウ・・・の五匹がいたのだ。彼等はこの事態の空気を敏感に察していたので、言葉を発しなかったのだ。
この状況で・・・冗談など言えるわけが無い。
少し緊張がほぐれた舞子が織田に話しかける。
「ハチ太郎君・・・、本当に大丈夫なんでしょうか・・・あんなに深い傷・・」
「いや・・・。解らないな。普通の犬なら即死だったかもしれんが・・・」
般若が舞子や織田の方に振り向き、親指を突き立てて言う。
「大丈夫じゃ。狗の民は簡単にゃぁ死にはせん。安心してくれ。ただ・・治るのにちと時間が掛かるがのぅ。
狗の民の特徴はな、全てにおいて俊敏であり、判断能力に優れておる。それゆえ先頭に立って偵察したり誘導したりするから、傷を負うこともしばしあるんじゃ。
だから、怪我の回復力も他の民より優れておるよ。安心せい」
きび爺が、般若の近くに行き話しだした。
「ハチ太郎がこんな事になるとは・・・。ワシの判断ミスじゃ・・・。
単独で行かしたのは、ワシじゃからな・・・」
「狐火よ、もうそれを言うのは止そうじゃないか。ワシはこの傷には納得できん。
狗の民は、守る者が近くに居ない時は自分より力の強い輩に対しては決して無理はしない民なんじゃが・・・。
どうして、ここまでの傷になってしまったんじゃ・・・。」
「狐火様・・・」
ハチ太郎がユックリと目を明け、かすれ声でそう言った。
「は、ハッちゃん。ぅええぇぇぇ〜ん」
こにぽんは、まだ治療の途中だがおもわずハチ太郎に抱きつきながら泣いてしまった。
鬼子は、そんなこにぽんとハチ太郎を見ながら膝上で手を【ギュッ】と握り締めた。
「・・・よかった・・・」
鬼子の顔にも、すこしばかりの笑顔が戻る。
きび爺がハチ太郎の方に振り向き、
「おぉ・・やっと気が付いたか。心配したぞぃ」
と言いながら近寄ってきた。
「ご・・ごめん・・・。やられちゃった・・・こにぽん、俺は大丈夫だよ。
こんな傷くらいすぐ治してみせるから」
こにぽんは、抱きつきながら大声で泣いている。
幼い心の痛みと安堵感が、そうさせているのだろう。
「狐火様・・・本当にごめん。こんな情けない姿を見せちゃって・・・」
「いやいや、良かった。本当に良かったわぃ。ハチ太郎や、目を覚ました所ですまんが、休むのをちょぃと我慢してくれるかぃ。とにかくその時の状況を説明してくれ。
それからユックリ休むがえぇ」
「は、はぃ」
身体に激痛が走るハチ太郎は、顔を歪めながら一生懸命いきさつを話しだした。
「走っても走っても、輩の匂いが全然強くならないんだ。近づいて行ってると思うんだけど・・輩の匂いはちゃんと感じてた・・・でもその匂いはまだ遠くの所に感じたんだ。
その時、輩に不意をつかれちゃって・・・」
「不意を付かれた!?何故じゃ?弱い輩の匂いは今のお前さんは感じにくいじゃろうが、力の強い輩の匂いには敏感に反応できるじゃろう」
きび爺は驚いた表情でそう聞いた。
「・・・それが・・・感じなかったんだ・・」
「気配を?匂いを感じなかったと言うのか?」
「うん・・・それに・・・三匹いた」
「さ、三匹もか・・・」
「う・・うん。力の強い輩が三匹。力の強い輩は匂いが強くて解り易いんだけど・・・。
はほとんど匂わなかった・・・」 ∨2
「奴等に不意をつかれ一発づつ食らっちゃって・・・。その後、俺はもうろうとしてたけど、フラフラになりながらユックリその場を後退して行ったら全く追ってこなかった。
今でも、抜け出せたのが信じられない・・・」
ハチ太郎の表情が痛みで歪んでいる。きび爺はそれ以上聞く事が出来なかった。
「そうか、解った。もう喋らんでえぇ。ユックリ休むんじゃ」
「はい」
そう言って、ハチ太郎はまた直ぐ眠りに落ちてしまった。
般若がきび爺の近くに歩み寄って来た。
「狐火よ。・・・動ける奴を・・・増やした方がいいかもしれん。
奴等の・・・五匹の呪縛を解かねばならんかな・・・」
その言葉を聞いたきび爺は少しビックリするが、今の状況と今後の事を考えるとしかたの無い事なのかもしれない。
「・・・そうじゃな。少しは役に立つかもしれんわぃ」
そのやり取りを聞いていた鬼子が、般若に問いかける。
「え・・?呪縛を解くって・・?」
「そうじゃ。あの五匹は闇世の大目付によって今の姿にされとるようじゃ。
まぁ、罰を与えられたと考えるがよい。その呪縛を解くんじゃよ。
完全にって訳じゃ無い。悪さ出来ない程度に呪縛を解くんじゃ。」
「そ、その呪縛を解いたらどうなるの?」
「元の力が使えるっちゅう事じゃ。悪さしてた頃の力がな」
「えぇ〜〜〜嫌よ〜〜。そんな事したら余計にからかわれるじゃない・・・」
「・・・我慢せぃ・・・」
「・・・・・」
そんなやり取りがあった後、鬼子と般若、そしてきび爺は、その五匹を連れて隣の部屋に入って行った。
般若が鬼子に言う。
「鬼子、こにぽんから般ニャーを借りてきておくれ」
「・・・は、はぃ・・・」
しぶしぶ鬼子は、こにぽんが被っている般ニャーを連れて来た。
「何?何かあたいに用事?」
ちょっと無愛想な般ニャー・・・。
般若は、あぐらを掻きながら般ニャーに言う。
「あぁ。般ニャー、元の姿に戻っておくれ」
「え・・なんで?理由を言ってくれなきゃ私は嫌だよ」
「・・・ちょぃと、狐火の爺さんと一緒に、あの五匹の呪縛を解読してほしいんじゃ」
「えぇ〜・・。い・・いやよ。あんな奴等の呪縛の解読なんて・・・。あんたがやりなさいよ!」
「ワシは・・・嫌じゃ」
「あ〜あ、いつもこれ。あんたは私に命令ばっかり・・・。ほんっとに胡散臭いオヤジだわ」
と、般ニャーは言いながらも猫帽子の姿から、女性の姿へと変わっていく。
ちなみに、般若を睨みながら。
「やるよ!そこのニワトリ、こっちへこい!」
般ニャーの言葉使いが・・・非常に荒い。目もつり上がっている。綺麗な顔立ちなのだが、怒ってる時の顔は、まるで般若面のようだ。
「お・・・俺を殺すなよ・・・ねぇチャン」
ヒワイドリはビクビクしながら一人、前へ出てきた。
「ふん。私を怒らせるとあんたを殺しかねないから、注意するんだね。
それと、動くんじゃないよ」
きび爺と般ニャーは立ちながら、両手を前にかざした。
ヒワイドリは、2人の間に挟まれた形でその場に正座している。
「いくぞ、般ニャー」
「あいよ」
2人は同時に神代の呪文を唱えた。
『神代に属するは印、授けるは読』
2人の手のひらが光だし、神代の文字が浮かび上がってきた。
その文字がヒワイドリを包んでいく。
すると、ヒワイドリの目が真っ白になり、石の様に固まってしまった。
その状況を見ていた他の四匹がざわめきだした。
般若がそれを見て、その四匹に対して右手を軽く一振りする。
すると、その四匹も目を白くして固まってしまった。
この場の空気を乱したくなかったようだ。
一瞬の事だったので、誰もそれに気が付いていない。
2人の前で固まっているヒワイドリ。
少しするとヒワイドリの体から、赤く光る文字が浮かび上がってきた。
円を描くように、小さな神代文字がヒワイドリの頭の上に沢山並んでいる。
その円とは別に、バラバラに浮かび上がる黒い光の神代文字がある。
般ニャーがそれを見て言った。
「あぁ、成る程。一般的な印だけど、やっぱりいじってるわね」
鬼子は、印を解く呪文をみるのは初めてだ。
「いじってるって・・?」
鬼子はそう般若に聞いた。
「そうじゃ。封印した術を簡単に解読出来んようにするんじゃよ。
ある一定の法則は残したまま、後の文字の配列をバラバラにしてしまうんじゃ。
かなり高度な技じゃよ。今は、あのバラバラになった黒く光る文字を、元の配列に戻していくんじゃ。
それが・・・大変なんじゃがな」
「狐火と般ニャーには声をかけれない。鬼子、隣の部屋に戻るぞ」
「は、はい」
そう言って、鬼子と般若の2人はハチ太郎達のいる部屋に戻って行った。
鬼子は部屋へ入るとすぐハチ太郎の横についた。
般若は狐火の婆を呼ぶ。
「婆よ、今後どうしたもんかの」
きび婆はお茶を般若に出しながら言う。
「・・・う〜ん・・・。危険じゃが調べに行くしかありゃしませんのぅ。しかし、ハチ太郎の鼻を当てに出来んと言う事は・・・かなり厄介ですわな。雨が降っててハチ太郎の血痕も消えとるし、場所の特定も難しい・・・」
きび婆は、チラッと鬼子の方を見た。
「鬼子の落ち込みようは、尋常じゃない・・・。全て自分のせいだと思い込んでおるし・・・。
今の状態では、必要以上に無理をしてしまいますやろぅ。自分が傷つく事で、周りの者を守ろうとするかもしれん・・・」
般若は、その言葉を聞き悩んでいる。今すぐその悪しき輩を探すため出発したい所だが、相手の居場所もわからず、鬼子の心の状態も不安定だからだ。
きび婆がアゴ下に手を当て、何かを考えているようだ。
「鬼子だけの力では心配ですわぃ。彼らの力を借りるしかないか・・・」
「彼らとは?」
般若がきび婆に聞いた。
「光の世の人間の民なんじゃが、力を持っとるんですわ」
「なんじゃと!?力とな・・・。それは闇世の力か?」
「いいえ、良くは解りませんのじゃが、力の種類がどうも違うみたいですわな」
そうきび婆は言いながら、織田を呼んだ。
「織田よ。ちょぃと一筆書いてくれぬか。力を貸してくれるようおぬしにもちょぃとな」
「・・・奴ら・・ですか・・・。いい奴等なんですが、わがままだからなぁ・・・」
きび婆は、和紙に筆でお願い事を書き込んだ。そしてその後、織田もその和紙に書き込む。
その和紙の手紙を丸め、呼んでおいた白烏に渡した。
この白烏は、守り役(神社、寺、祠を任されてる民)が誰かに敬意を込めてお願い事をする時に使う烏の事だ。
その白烏は天高く舞い上がり、朝陽さす空へと消えていった。
その日の夕方頃、まだヒワイドリの呪縛を解く作業が終わっていない。
きび爺と般ニャーは、朝からずっとこの作業を続けてるのだ。
解読の難しさに苛立っている般ニャーが、一言きび爺に言った。
「狐火様、こいつを散らしてもいいですか?」
「おぃおぃ・・・」