世紀末もの
――人など、もう要らぬ。我らの依代はもう要らぬ。
ただの器に過ぎぬ人に進化の余地は見られぬ。我らが代わりになろう。
人の心に住み、人より優れている我らが人の代わりになろう。
20XX年、8月16日
未確認生命体の目撃情報を市街地で確認。近隣住民により調査依頼。
これは大型生物により飼い犬が喰い殺された為である。
同年、8月17日
山奥で猟師が謎の生物を射殺。以後、研究対象へ
同年、8月18日
市街地で射殺した生物と同じ生物が出現。死者13名。政府が特別調査室を発足。
同年、8月22日
山の中に謎の洞窟を確認。調査隊を派遣。なお、GPSにも映らない模様。
映像機器は撮影不可能。通信は可能のようである。
同年、8月24日
調査隊が洞窟を抜けた先で角の生えた少女を拘束。研究対象へ
同年、8月26日
民間人が角の生えた少女を引き取りに来るがそれを拒否。
同年、8月27日
市街地の大多数の民間人が謎の生物へと変異。以後「鬼」と表記
同年、8月29日
世界各地で変異を確認。以後各地との連絡は取れず。
同年、8月30日
拘束していた少女が一人の調査員により解放。以後、消息不明
同年、8月31日
変異侵食は食い止められず。特別調査室は生存者と共にビル群へと避難。
各地の生存者も駅などの隠れられる場所へ避難を開始。
XXXX年、X月XX日
「鬼」によりライフラインの全てが停止。以降は消耗戦となる。
どれだけ時間が経った?
もう痛みも何も感じなくなってきた。鬼に貫かれた右腕も動かない。
唯一出来るのは残された両足と左腕で、目の前にある拳銃を拾って自殺することだけか。
助けを待てばいいと思っていたが……避難地から5キロも離れてるんだ。
待つだけ無駄というものか。
くそっ……あの少女を逃がしてから変異が一気に拡大したような気がする。
いや、それは責任を押し付けてるだけか。
彼女は関係ない。俺達が角が生えてるという理由で無理矢理連れてきたんだ。
無事に……帰れただろうか?
いや、無事に帰っていてもらわないと困る。
そうじゃないと仕事が増えるだけだ。
「なぁ?そうだろ?」
横に倒れている隊員に話しかけるが返答はない。
当たり前だ。鬼による最初の一撃で死んだんだ。
遠くに人影が見える。瓦礫の隙間からコチラへゆっくりと歩いて来る。
「あぁ……くそ。鬼かよ」
呆気無く希望は打ち砕かれる。
そんなに人生甘くはないよな。ゆっくりと鬼がコチラへ近づいてくる
3メートルはあろう巨体に見合うビルの鉄骨のような刀を持ちながら。
倒すには弱点である額か胸に光る小さな物質を破壊するだけ。
言うだけだったら簡単なんだがな……当たるもんじゃねぇんだよ。
力のあまり入らない左腕で銃を拾い上げ、構える。自分の米噛みに向けて。
「これで、23年間の人生に幕か……少し寂しいな」
米噛みから銃口を話し鬼に向ける。
「最後まで抵抗してみるか。無駄だろうけど」
一発、鬼に向けて撃つ……が、案の定外れる。
続けて二発。鬼の体に当たるが弾かれる。
続けて一発撃ちこむがそれも外れ、弾が切れる。
カチンカチンと金属と金属がぶつかり合う音を聞きながら引き金を引き続ける。
それが無駄だと理解する頃には鬼は目の前に立っていた。
はぁ……映画みたいに援軍が来ることはないか……
鬼が静かに刀を振り上げる。
「優しく頼む……痛いのは嫌いなんでね」
目を瞑り、振り下ろされる刀を大人しく受け入れる。
が、何時まで経ってもその刀が来ない。
片目をそっと開いてみると少女が鬼を斬っていた。あの少女だ。
あの日、家に帰したはずの角の生えた少女だ。それがあの巨体を一撃で斬り伏せた。
信じがたいこともあるものだ。それにしてもなぜこの少女がここに?
「なんで君がここに?。帰ってもいいと言っただろう」
「こんな来たこともない所で置き去りにされても帰れませんよ!」
怒鳴られた。といってもこの少女が言ってることは正しい。
「悪かった。帰り道は駅員に聞いてくれ。君の降りる駅は○△駅だ」
「冗談言ってるんですか?街中廃墟だらけですよ?」
「いや、すまなかった。もしかしたら俺の言葉で世界が元に戻るかもだろ?」
「漫画の読み過ぎです。私は早く家に帰りたいんです。案内してもらいますよ?」
「悪いな。足の感覚がない」
「それは"そいつら"のせいでしょうね」
少女が薙刀を肩に掛けながら俺の足を指さす。
指の差された足を見てみると変な生物が二匹、乗っかっている。
「うぉう!?」
思わず飛び上がって立ち上がってしまう。
あれ?立てるじゃないか俺。というか痛みはどうした?
「立てるじゃないですか。さ、案内してもらいますよ」
「いやいやいや、その前にこの気持ちの悪い生命体の説明を――」
「失礼でゲス!オイラはれっきとした厄払いのお守りだぞ!ヤイカガシだぞ!」
「……じゃあそっちは?」
「乳の精霊。ヒワイドリだ。文句あるか?」
「あるに決まってるだろ!なんだその……魚みたいなお前!厄払いのお守りが立ち歩く訳が
ないだろう!それにそこの鳥!なんで鳥が喋るんだよ!それに乳の精霊ってなんだよ!」
「乳の精霊っていうのはだなっ!?」
ゴスンッという音と共に薙刀の石突の方がトリの頭に振り下ろされる。
あれは痛そうだ。
「それで……案内してくれるんですか?」
「いや、そのだな」
「案内!してくれるんですか?」
すごい目付きで睨まれた。
恐らくこの目付きならライオンでさえもしっぽを巻いて逃げ出すだろう。
「わかった。わかったよ。だが避難地には帰らさしてくれ。話はそれからだ」
「ふぅ……仕方ないですね。そうと決まったら早くしてください。待ってる子がいるんですから」
「待ってる子?あの小さい子か?」
「そうです。家を出るときに猫おば……猫お姉さんに任せてきましたけど心配なんです」
「それは悪いことをしたな……」
「本当です」
ぷいっとそっぽを向かれてしまった。
足元であの二匹が笑いながら少女の前に走っていく。
なんだあれ。すごいムカつく。撃ちたい。
「っとそうだ。君の名前を聞いてなかったな?名前は?」
「日本鬼子」
「……なんていった?」
「日本鬼子」
嘘だろ?こいつがあの"日本鬼子"か?
〇〇駅周辺を調査していた調査隊の通信が途絶える前に襲撃してきたあの鬼の?
いや、研究結果じゃ鬼とは断定されていない。
だとしたらどうして?逃がした後に変異したか?
「一ついいかな?」
「なんですか?避難地はもう目の前なんですよ?」
確かに……避難地はすぐそこだ。
ほんの500mぐらい。だけどこれだけははっきりしなきゃならない。
「今まで何処にいた?」
「〇〇駅」
「どうしてそこに?」
「家に帰る手段を探してたんですよ。なんでこんな事を聞くんです?」
「じゃあ、最後に。人を喰らったか?もしくは殺したか?」
「……いいえ」
「そうか。ならいいんだ……今のことは忘れてくれ」
どうしたんだ俺は?あり得るはずがないじゃないか。
こんな少女が調査隊を……いや、あれを見たからか。
この少女があの屈強な鬼を一撃で斬り伏せたのを見たからか。
どうする?このまま避難地に入れれば彼女が内部から崩壊させる事があr……
「あれが……避難地?」
彼女が立ち止まり、その場所を指さす。
嘘だろ?今朝出てきたときはまだ無事だったはずだ。
なのに何故こんなに燃えている?なぜ鬼だらけなんだ?
「変異侵食っすね。このまま行くのは危険っすよ。どうする鬼子?」
トリが淡々と喋る。
変異侵食……だと?そんなのはわかってる。
あの避難地には600人以上の兵士がいたんだぞ?
それが一日で陥落するなど……
「どうするんです?行きますか?もう陥落してますよ?」
「……行くに決まってるだろ。まだ生きてる奴が居るかもしれん」
「無駄です。あそこには鬼しか居ませんよ」
「お前に何がわかっ……」
そうだ。どうして人間に角がある。
そんなの最初っから分かってるじゃないか。
「私が……鬼だからですよ」
「ちょっ!?何言ってるんだ鬼子!状況をこれ以上ややこしく」
「黙って!これは彼自身が決めること」
どうする?相手は鬼だ。武器も持たない人間の俺が敵うはずがない。
それに……彼女は人を遅っていないと言っている。
今は信じるしかないだろう!
「避難地へ急ごう」
「えぇ」
そう言って避難地へ向かって走りだす。
避難地に着くと想像以上の被害だった。
人の姿は既に無く。代わりに大量の鬼が住み着いている。
だが、まだ変異が不完全なのだろう。所々に人であった名残が見える。
それが俺に対して助かる余地のない人ばかりという現実を突きつける。
「すまない……」
足元に落ちている銃を拾い上げ、殺していく。
中には子供もいる。だが、こうなればもう助からない。
変異が始まれば元の姿には戻れない。
歯を食いしばりながら冷静にまだ人である頭の部分に弾を撃ちこんでいく。
「調査隊か……」
下半身が既に鬼と化した一人の兵士が俺に話しかけてくる。
「……何があった?」
「人だと思い……受け入れた少女が……鬼だった」
「なに?人型か?」
「違う。人なんだ。頭に小さな角を二本生やしている長髪の……少女だ。
〇〇駅で全滅した調査隊を襲ったのと同じ……少女だ」
どういう事だ……やはりあの子が……日本鬼子が調査隊を……
「わかった……仇は取ってやる。約束だ」
「すまない……最後まで調査隊には世話をかける」
半分侵食された兵士に礼をし、引き金を引く。
彼は知っている。二日前、家族と再会できた数少ない人間だ。
右腕は使えない。
既に体中は傷だらけ……その身で彼女を殺せるか?
仇を討てるか? 不可能だ。勝機は99%無い。
だが、残りの1%にかける努力はしてみる。正々堂々とだ。
周りの鬼を切り倒している日本鬼子に近づいていく。
「日本鬼子。 俺はどうやらお前を殺さなきゃならなくなった」
照準が合わない左腕で鬼子に向けて構える。
鬼子のほうは驚きの顔を隠せないようだ。
「どういうつもり?」
「……目撃者が居たんだよ。頭に角を二本生やした長髪の少女!それがここを襲った!
そして、その少女が今、俺の目の前に立っている!お前がそうなんだろう日本鬼子!」
「違う。私じゃない!私はただ……家に」
「ふざける……な?」
なんだ?なんで刀の刃が俺の目の前にある?
なんで体を貫いている?
「ごふっ……」
「残念。心臓は外れたから侵食は遅いわよ」
勢い良く刀を引きぬかれ、日本鬼子の前に投げ飛ばされる。
呼吸をするたびに激痛が全身を駆け巡る。
俺を刺した奴の姿を見る。
あぁ……そういう事か。同じ姿の鬼か。
「く……そっ……」
「喋らないでください。ヒワ!早く処置を」
「わわ分かってるって!」
傷口を塞ごうとトリが必死で傷口を押さえる。
「日本鬼子……疑って、すまない」
「許して欲しかったら私を家に送り届けてくださいね」
笑顔で返される。あぁ……この少女に俺は銃口を向けたのか。
助けようと。俺を助けようとしてくれていた少女に対して銃を向けたのか。
酷い奴だな。俺は。
「どうでもいいけどさー。その男はもう死ぬよ。それに侵食がはじまってるし」
刀に付いた血を拭きながらもう一人の鬼子が鬼子に喋りかける。
だが、鬼子少し笑うと直ぐに反論を始める。
「馬鹿にしないでくださいよ。何年前から人を救ってきたと思ってるんです?
この侵食具合なら処置できます」
「馬鹿にはしてないけどね。まぁ、いいや。あんたも鬼なんだから素直になりなよ」
「嫌です。本能に従うなんて馬鹿な事はしません」
「はぁ……イエスと答えてれば良いものを!」
「はあぁああ!」
ガキンッっと刀と薙刀がぶつかりあう。
普通なら折れるような鍔競り合いをしながら戦っている。
周りの空気が震える。
出来ればもう少しこの戦いを見ていたかったが……もうだめらしい。
意識が断続的に飛び始めた。
トリが何を叫んでいるのかも聞こえない。
もう……だめ……だ……
男は倒れ、獣が2匹、男を介抱する。
少女は自分自身と戦い、男を守る。
「はぁはぁ……やるじゃないか日本鬼子」
「はぁ……はぁ……」
「けど、まだ強さが足りない。成長が待ち遠しいねぇ」
鬼子と同じ姿をした少女は踵を返し、鬼子に背を向ける。
「強くなったら家に帰ってきな。 かわいいかわいい小日本が待ってるよ。
あ、そうだ。 コイツは返しておくね」
麻袋のような物を鬼子に投げつけると同時に彼女は消えた。
「なんなのよ……ん?これは……血?」
鬼子が急いで袋を広げる。
中には猫が一匹。 血だらけで入っていた。
「般若……猫?」
「鬼子……ごめんね。小日本……守りきれなかった」
「喋らないで!ヤイカガシ!早くこっちに!」
「だめでゲス!この男の出血が止まらないでゲス!」
「こっちもハンニャが!」
辺りを瓦礫に包まれ、崩壊し燃え続けるビル群。
そんな中に死にかけの二人を助けるために奮闘する三人。
そんな彼女たちの熱を冷ますかのように雨が降り始めた。
終わり。